SDGsなプロジェクト

九州の企業が取り組むSDGsプロジェクト

九州の物流を支えるトラックが、豚骨スープを燃料に走る!? そんな夢物語を実現した“福岡のエジソン”

Last Update | 2021.03.30

西田商運株式会社

西田商運株式会社
住所 : 福岡県糟屋郡新宮町緑ヶ浜3-3-23
TEL : 092-963-1301
http://nisidasyouun.jp

  • エネルギーをみんなに、そしてクリーンに
  • 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • つくる責任つかう責任
  • 気候変動に具体的な対策を
  • パートナーシップで目標を達成しよう

植物油から作られるバイオディーゼル燃料

 自動車をめぐるCO2削減の動きは、さまざまな視点から多様なチャレンジが続けられており、アメリカ・カリフォルニア州や欧州各国ではEV車シフトが加速している。国内でも、経済産業省が策定した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」において、自動車の電動化推進が明確に打ち出されている。
 公益社団法人全日本トラック協会の資料によれば、日本の貨物輸送の約9割 (重量ベース) を担うとされるトラックは、営業用トラックで約146万台が国内で稼働中。その多くは、大きなトルク (車輪を回す力) が得やすく燃費性能に優れたディーゼルエンジンを利用しており、軽油を燃料としている。近年では天然ガス車 (NGV) の導入が進むなど、業界全体として環境負荷を低減する取組みが積極的に進められている。今回紹介するバイオディーゼル燃料 (BDF)  [註1] も化石燃料の代替燃料として普及が進む環境負荷低減施策の一つで、一般的には植物油から作られるディーゼルエンジン用の燃料を意味するのだが、国内でいち早く、その製造と自社トラックでの活用を成し遂げた企業がある。福岡県糟屋郡新宮町に本社を構える西田商運株式会社だ。1968年、1台のトラックで起業、創業50年余で、トラック燃料の生産・給油、常温・チルドの荷物の保管や輸送を一貫して行う総合物流会社へと成長してきた。その成長を支えてきたのは「為せば成る」のチャレンジ精神だ。
[註1] 略称の「BDF」は、有限会社染谷商店の登録商標で「Bio (生物) + Diesel (ディーゼル) + Fuel (燃料) 」の造語。

西田商運株式会社 本社
西田商運株式会社 宮若物流センター (第1・第2・第3・管理本部)

BDFの製造方法を独自で開発

 BDFは、海外では新しく精製した菜種油や大豆油を原料として作られるが、日本ではリサイクルの観点と食料との競合を避ける意味で、使用済み天ぷら油などの廃食油とメタノールを化学反応させ脂肪酸メチルエステル (FAME) を製造する方法が主流だ。軽油に比べ、硫黄酸化物 (SOx) や黒煙の排出を抑えることができるので排気ガス対策として有効で、軽油よりも引火点が高い (130〜180℃) ので万一の車両事故の場合でも発火しにくい。一般的なディーゼルエンジン車にほぼ無改造で使用でき、燃費や走行性能も軽油とほぼ同じ。なによりカーボンニュートラル [註2] のため地球温暖化防止につながる。一方で、実際にトラックの燃料として活用する際には、燃料品質を安定的に確保することが難しく、あわせて車両の定期的な点検整備が必要となる。
 現在、西田商運では、自社の精製プラントで1日に約1,300リットルのBDFを、軽油よりも安価な単価で製造し、約170台保有する自社配送車の約4割の燃料を賄っている。「2007年から独学で始めました。いろいろ実験して独自の技術を開発して、天ぷら油などの廃食油を使ってBDFを製造しています。お取引先の企業が約2,000社で、使用済みの食用油を専用車両で回収して、だいたい月間36,000リットルのBDFを製造しています」と語るのは西田商運株式会社 代表取締役会長 西田眞壽美さん。まるで当たり前のことのようにさらりと語られた、その内容は決して当たり前のことではない。
[註2] 原料の植物が大気中の二酸化炭素を吸収して成長しているため、燃料として燃やしても、もともと大気中に存在している以上の二酸化炭素を発生させない。

西田商運株式会社 代表取締役会長 西田眞壽美さん

 BDFをはじめとする、いわゆるバイオ燃料の国内での利用拡大推進は、2008年7月に開催された「北海道洞爺湖サミット」における福田首相の声明に盛り込まれ、2009年にはバイオマスの活用推進を目的とした「バイオマス活用推進基本法」が策定された。2012年9月に「バイオマス事業化戦略」が決定、地域におけるバイオマス事業が本格化する。つまり、西田商運のBDF事業は、世の中の動きより少なくとも5年以上は早い。
 さらに、その製造技術の開発は西田会長の独学によるものだ。「小泉首相が、これからは地球環境の保護が重要な時代になるって『緑の油田  [註3]  』の話をされていました。その時は、沖縄のトウモロコシやサトウキビを使ってバイオエタノールを作るという話で、ガソリンに混ぜて燃料として使うということだったのですが、曽孫の代までの地球環境のことを考えたら、ウチのトラックは化石燃料しか使っとらんなと思いました。畑と山から獲れたもので燃料を作るという話は、とても大切な話で、それを見て『これは僕がやらんといかん』と思いました。もちろん、知識はゼロですよ。夜、家にあったペットボトルを半分に切って天ぷら油の残りを入れて、割り箸で混ぜて、一人用の鍋を作るアルミの容器を卓上コンロにかけて温めて…。これなら僕でも (BDFの精製を) できそうだなって。それから実験の繰り返しです。ある晩、お客さまとしゃぶしゃぶを食べに行って、温度の違いで出汁をはった鍋にできる気泡が違うことに気づいて、温度管理のヒントをもらったり。廃食油からBDFを作る際に、エンジンの部品を痛める成分を除去する方法に悩んでいた時には、夜、家でビールを飲みながら、実験中のBDFを入れたビーカーに『どげんしたら綺麗になると? 』って語りかけながら、思わずビールを注いだら解決策が見えたりとか。精製工程はすべて手探りですよ。BDFの製造マニュアルって言えば、ウチの孫が夏休みの自由研究で、僕から聞いた作り方を模造紙に描いたものが事務所に貼ってありますが、アレしかないです。あとは、全部 (僕の) 頭ん中です」と振り返る。
[註3] 乾燥地や荒地、耕作放棄地などに、非食用植物を植林し収穫物からバイオ燃料を抽出することで、地球温暖化防止に貢献するプロジェクトの総称。

事務所に貼ってある、西田会長のお孫さんが描いたBDFの作り方

豚骨ラーメンからBDFを製造

 さらに西田会長の研究と開発は続く。「10年ほど前にね、お取引先のラーメン屋さんでね、スープの残渣で出るラードを有料で廃棄しているって話を聞きました。サンプルで少しもらってきて、1週間くらい考えて『これを原料にしてBDFが作れるな』って思いました。お取引先のラーメン屋さんの厨房に『ラーメンとんこつカットくん』という機械を置いてもらって、スープの飲み残しを入れると、スープとラードを自動で分離してくれる装置です。ウチはラードだけを引き取って、それを原料にしてBDFを製造しています。『ラーメンとんこつカットくん』はウチが作って、メンテナンスもしますんで、調子が悪い時にすぐに行ける地域にあるお店にしか置けないのが難点です。天ぷら油の廃食油で造ったBDFと、豚骨スープのラードで造ったBDFは、原料は違いますが、最終的にブレンドして使えます (西田会長) 」。先述のとおり、BDFは一般的に植物油が原料だが、西田商運では豚骨スープのラードという動物性油からもBDFを精製している。こんな事例は、西田商運以外では、おそらく無い。ちなみにラーメンのスープからBDFを製造する技術に関しては実用新案登録を受けているそうだ。
 誤解を恐れずに付け加えるならば、西田会長は中学卒業後、16歳でトラックの運転手として働きはじめている。もちろん化学に関する専門的な教育を受けたわけではない。すべては独学で、実験を通じた試行錯誤の繰り返しで独自に開発した技術だ。西田商運の物流ネットワークは、大手スーパーや大規模娯楽施設、ホテルなど九州一円、山口、広島、岡山にまで広がっている。九州の物流を支えるトラックが、豚骨スープ由来の燃料で走っている世界、それが今、私たちの日常なのだ。

本社の一角には、BDFに関する実験途中の道具が並んでいる

西田式BDF製造法を、唯一受け継ぐ男

 西田会長によると「BDFの製造マニュアルは、孫が夏休みの自由研究で描いたものしかないです。あとは、全部 (僕の) 頭ん中」。では、BDFの製造現場はどうなっているのだろうか? 西田商運本社に隣接するPDF製造プラントを訪ねた。
 「BDFの製造は、僕一人で担当しています。もう7~8年になりますね」と言うのは西田商運株式会社 近藤英博さん。入社15年目になる。「入社当初は倉庫の業務を担当していましたが、ある日突然、会長から呼ばれて…。なぜ自分だったのかは今でもよくわかりません」と笑う。当時は会長自らが一人でBDFを製造していたそうで、最初の3か月は会長の雑用係から始まり、製造の過程がなんとか理解できるまでに半年かかったそうだ。今や、西田会長をして「近藤にしか分からないことがある」と言わしめるほどで、西田式BDF製造法は、まるで一子相伝の秘術のように、近藤さんに伝承されている。

西田商運のBDF製造を担う近藤英博さん

 「ただ作るだけなら、大雑把な作り方は小学生でも理解できると思います。ただ、実際にトラックの燃料として活用していくには、難しい部分も多いです。それに、ここのプラントは西田会長の製造方法に合わせて造っていますから、マニュアル化できない部分もたくさんあります (近藤さん) 」。西田商運では、1日に約1,300リットル、月間で約36,000リットルのBDFを製造し、本社と宮若の拠点に設置した給油ポイントに配送する。原料となる廃油は専用の回収車で1日3,000~4,000リットルが持ち込まれる。しかも、BDFは酸化による劣化が避けられず、製造しておよそ2か月ほどしか保管できない。要するに、近藤さんは長期休暇が取れないのだ。「在庫があるので1~2日くらいは大丈夫ですが、1週間休むと、ちょっとヤバイですね」と笑う近藤さんだが、実は西田商運の物流事業のカギを握る男、ひいては九州の物流界を支える縁の下の力持ちなのだ。

西田会長の製法に合わせて造ったBDF製造プラント
  • 有限会社ヘリオスとプラント建屋
  • 本社敷地内にあるBDFの専用給油機

 BDFは、硫黄酸化物 (SOx) の排出が少なくカーボンニュートラルである一方で、粒子状物質 (PM) や窒素酸化物 (NOx) が多いという側面がある。自動車の排出ガス規制が年々厳しくなるにつれ、新型の車両に装備されているPMやNOxの除去装置が高性能化している。それらは、軽油の利用を前提に設計されているので、BDFを利用した場合に不具合を起こす可能性が報告されるようになってきた。「軽油に5%程度のBDFを混ぜて利用するのではなく、ウチのようにBDF100%で利用する場合、より高度に精製して良質のものを安定的に供給する必要があります。これはやはり難しいことです。今は、新しい排ガス規制に対応し、その影響を受けないような、より高純度のBDFを作ることが、会長と僕の課題です」と言う近藤さん。BDFを製造しながら、商品開発も並行して行う日々が続く。重責をものともせず、コツコツと前を向いて進む姿勢には“伝承者”に選ばれた理由がうかがえる。西田会長が好きな言葉は、江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山の「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」。なるほど、近藤さんの姿と重なって見える。

企業ではなく家業

 西田商運株式会社は、物流を担う本体に加え、BDF事業を担う有限会社ヘリオス、トラックの点検・整備を担う株式会社まこと設備サービス、福岡県宗像地域の農業活性化を目指す農業生産法人の西田アグリ株式会社というグループ企業を抱える。本体の物流事業だけでも年商は約27億円、事業の多角化を積極的に図る必要がないように思える。「僕は16歳のとき1台のトラックから始めました。それから、いろんな方に助けてもらってここまでこれました。『どうしようか? 』って迷ったり考えたりすると、その都度“道標”に恵まれるんです。それは人だったり、会話だったり、夢に出てきたりといろいろです。おかげで、チルド(輸送)もやって、自分の倉庫も持って、バイオ (BDF) もやって、だから『西田なら安心やね』って言ってもらえるようになりました。規模で勝負するんじゃなくて、一つひとつ質を高めてオンリーワンの運送会社になろうと思っています。僕は、こうして社長やら会長やらを、やらせてもらって、従業員さんから食べさせてもらって、本当に幸せです」。苦しかった頃を思い浮かべながら、感謝の言葉で振り返る西田会長は、西田商運を「企業ではなく家業」と言う。従業員への想いと経営者(家長)としての覚悟を言い表している。「以前、このBDFの取材を受けたとき、ある方から『まるで福岡のエジソンですね』って言われたことがあってね」と少し照れくさそうに笑う西田会長の姿が印象的だ。