SDGsなプロジェクト

九州の企業が取り組むSDGsプロジェクト

建物に感謝をして“解く”、自然から頂いたものを“帰す”。親世代から受け継いだ環境クリーナーの誇り。

Last Update | 2021.03.31

株式会社前田産業

株式会社前田産業
住所:熊本県熊本市南区野田3-13-1
TEL:096-358-6600
https://maedasangyo.co.jp

  • 貧困をなくそう
  • すべての人に健康と福祉を
  • 質の高い教育をみんなに
  • 働きがいも経済成長も
  • 人や国の不平等をなくそう
  • 住み続けられるまちづくりを
  • つくる責任つかう責任
  • 気候変動に具体的な対策を
  • 平和と公正をすべての人に

『解いて帰す職人』集団

 マンションや戸建てなどの一般的な建物には、税法上定められた寿命「法定耐用年数」が設定されている。鉄筋コンクリート造(RC)が47年、鉄筋鉄骨コンクリート造(SRC)が60年だが、これは減価償却費を計算するために設定された寿命で、建物の物理的な寿命とは異なる。法定耐用年数が過ぎると税務上の資産価値がゼロになることから、古い建物の維持にコストをかけるより、古い建物を壊して新しい建物に建て替え、資産価値を高める場合が一般的だ。また少子高齢化による人口減少の影響で増加する廃屋や空家、頻発する激甚災害により破壊される建造物など、人々の暮らしや社会を支えてきた建物は、さまざまな理由で“解体”されていく。あらゆる産業分野で環境負荷の低減に関する取組みが積極的に行われる中、建物の解体の現場で注目を集める企業がある。熊本市に本社を置く前田産業株式会社。自らを『解いて帰す職人』集団と位置付ける、その想いと行動には、SDGsが掲げる「持続可能な開発」の本質が見えてくる。

株式会社前田産業 本社

解体とは『解いて帰す』こと。その真意とは?

 創業は1962年(昭和37)。戦後日本の高度経済成長期、熊本の街が文字通りのスクラップ&ビルドを重ねていく中、建物解体と産業廃棄物処理を主業務として成長してきたのが前田産業だ。「父の前田満美(現会長)が経営管理、現社長の木村洋一郎が営業、父の弟が現場の技術という、トロイカ体勢でやっていたのを、私は幼い頃から見てきました。今は父の役割の一部を私が受け継いで財務管理部門を担っています」と語るのは株式会社前田産業 前田一美 取締役本部長。「昔、父たち兄弟がやっていたのは、新しく架け替えられて使われなくなった木製の電柱を回収してきて、板状に割って建材にリサイクルして、材料として酪農をされている方などに販売していました。木造の家を一軒、瓦を外したり、木材をきれいに人力で“解いて”古材として再販売したりとか。今はコンクリートの建物が多いので重機を使いますが、昔は木造の建物ばっかりだから、それこそ手作業で建物を紐解くように解体して、一つひとつリサイクルして販売する、そんな感じでしたよ」と振り返る。高温多湿な日本の気候に合わせて、かつて紙と漆喰と木でできていた建物の解体は、組み上げられたものをていねいに紐解いて、素材は次の建材として再利用するのがあたりまえだった。「その仕事の在り方を『解いて帰す』という言葉に変えて、今でも大切に受け継いでいます」とのこと。

株式会社前田産業 取締役 本部長 前田一美氏

 さらにポイントがもう一つ。“帰す”とあえて使う、その意味とは?「たしかに『環(めぐ)らす』の方が今っぽいですかね(笑)。私たちは『お帰りなさい』という意味で、土にお帰りいただくという意識なんです。だから“解いた”ものを、できるだけ土に帰すカタチにしています。土に帰らないものは残さないという精神で、コンクリート材も、鉄屑を全部外して砂利にして土に帰せる状態にして再利用します。どうしてもリサイクルできずに埋め立て処理するものも、できるだけ分別の精度を上げて(土に)帰す。循環ではないんです」。この土に“帰す”という思いが生まれる背景には、建物は元々は自然(土)から頂いたものという意識が見え隠れする。「そのとおりなんです。私たちは建物を“解く”ときに必ず感謝をしてから始めます。建物は、誰かが毎日暮らしていた空間で、誰かを守ってきたものです。その建物が役目を終える時、誰もお葬式をしてくれない。だから、私たちは“解く”前にお祓いをしたりして、建物のお葬式をします。そうすることで、自分たちの仕事の意味がわかるし、安全な現場になるし、気が引き締まります。“解いた”後も、整地してきれいに掃き清めます。それは父たちの世代から受け継がれてきたことです。結局、私たちがやっていることの根っこは親世代が教えてきたことなんです。ものを大事にするとか、いろいろなことに感謝するとか。ちっちゃなことの積み重ねですよ」。 
 SDGsの17のゴールと169のターゲットを見ていくと、日本で受け継がれてきた精神性とリンクする部分が多いことに気が付く。日本の中小企業の企業理念や企業文化も日本的な精神性に根差す部分が多く、いざ、自社の事業を検証し17のゴールをマーキングしてみると、すでに取り組んでいた項目が多いことに気付く場合も珍しくない。前田産業の場合も、まさに同じで「SDGsを知ったのが1~2年前くらい。感想としては『ウチ、コレやってきたもんね。私たちは、あたりまえにやってきたから、みんなが一人づつ気をつければ達成できるものでしょうね』って感じだったんです。逆に、前田産業の在り方そのものがSDGsなんだって、自信と自覚を持って受け継いでいこうと考えています」と前田本部長は教えてくれた。

アスベストを土に“帰す”施設

 前田産業の“土に帰らないものは残さない”という精神を象徴する事業のひとつが、上天草リサイクルセンターのアスベスト無害化処理施設だ。アスベスト(石綿)は繊維状けい酸塩鉱物で、その繊維が極めて細いため、人が吸入して肺線維症(じん肺)、悪性中皮腫の原因になると言われ、肺がんを起こす可能性があることが知られている。1955年(昭和30)頃から建材製品として使われ始め、ビル等の鉄骨の建物の耐火、断熱、防音建材の目的で使用されてきた。国内では1975年(昭和50)に吹き付けアスベストの使用が禁止され、2004年(平成16)にアスベストを1%以上含む製品の出荷が原則禁止とされている。また、アスベストを含む建物の増改築や解体時における除去や廃棄、携わる労働者の保護などは、さまざまな法律で細かく規定されている。アスベストの廃棄処理は、飛散防止(固定化)した上で埋め立て処理をするのが一般的と言われるが、前田産業のように、中間処理施設で溶融処理して無害化する方法もある。ちなみに、九州で操業している民間のアスベスト溶融処理施設は、前田産業のみとのこと。

株式会社前田産業 上天草リサイクルセンター 所長 荒川美樹さん

 「アスベストは溶融しないと無害化できません。専用の溶融炉を使って1,500℃以上の熱で溶融し、有害な繊維構造を消して無害化します。溶融後のスラグは建設や土木の資材として有効活用できます。飛散しやすいアスベストを溶かして、飛散しにくい形にして路板材に再利用するという仕組みです」と語るのは株式会社前田産業 上天草リサイクルセンター 所長 荒川美樹さん。「ひと月に約140立米(㎥)のアスベストを処理していますが、一回溶融炉の中の温度を下げてしまうと、再度温度を上げるまでに6~8時間かかるんです。その間はずっと燃料を使って炉の温度を高めるので、その無駄をできるだけ少なくする必要があります。ですから、なるべくまとめて処理することになりますので、一旦アスベストの溶融を始めると24時間体制になります。施設内の従業員は20名ほどですが、シフトを組んで対応しています(荒川さん)」。また施設のメンテナンスにも苦労が絶えず、特に溶融炉の内側に塗布されている耐火材は、半年に1度、最低でも1年に1度は補修が必要なのだとか。荒川さんによると「専門の業者さんに委託していたんですが、先日、自分たちでもできるようになりまして。これでコスト削減につながります」と笑う。

株式会社前田産業 上天草リサイクルセンター

 アスベストの溶融処理をはじめ、この上天草リサイクルセンターは、産業廃棄物のゼロエミッション[註1]を目指して操業している。「自社案件の解体業務で出た廃棄物だけでなく、上天草の建設会社や解体業者さんのものも受け入れる中間処理施設です。自社分と他社さん分で大体半々くらいでしょうか。持ち込まれた廃棄物は、ここでリサイクルできる状態になるよう処理し、コンクリートは土木工事の路板材になります。もちろん選別の途中でリサイクル不可能なものも出ますが、それは適性に廃棄物処理しています(荒川さん)」。このリサイクルセンターは1992年(平成4)に操業を開始したそうだが「当時の上天草では、まだ野焼きが横行していた頃で、コンクリートの粉砕とか、木屑や廃プラスチックの焼却施設は、民間ではウチが初めてでした。もちろん近隣の住民の方々に協力していただいたおかげで、この場所で操業できるようになったんですが、ただお金はかかりました(笑)。それでも父(当時社長)が、将来のことを考えて、できるだけ“土に帰す”ためには必要だと、決断して作りました」と前田本部長は振り返る。
 取材時も、地元の建設業者のダンプカーが廃棄物を持ち込んだり、コンクリートと鉄筋とを重機で仕分けする様子が見てとれた。また、2020年(令和2)7月に発生した熊本豪雨により、球磨川から海へと流れ込んだ流木や災害ごみが地元の建設業組合から持ち込まれていて、ここで焼却され焼却灰をコンクリートの素材等にするという作業が、今なお続いている。

[註1]ある産業から出た廃棄物を別の産業が再利用することで最終的に埋め立て処分する廃棄物の量をゼロに近づけるという意味

  • ダンプカーで持ち込まれる廃棄物
  • コンクリート材から仕分けられた鉄筋類
熊本豪雨の激しさが想起される流木や木屑、災害ごみなど

 環境負荷を低減し資源循環型社会への転換が積極的に推進されているが、上天草リサイクルセンターのような中間処理施設は、意外にも新規参入障壁は高いそうだ。新規開業に関する地方自治体の審査は厳しく、用地確保のためには近隣住民との関係性も重要だ。しかも「初期の設備投資に結構な資金が必要です。(上天草では)リサイクルした材料を販売もしていますが、施設単体の収益では初期投資分は到底回収できません(前田本部長)」。しかし、リサイクルセンターや九州で唯一のアスベスト溶融炉を稼働させていることから、環境問題に真摯に取り組む企業が、解体や廃棄業務のパートナーに前田産業を選ぶケースも多く、企業ブランドの向上には大きく寄与しているそうだ。「本来あるべき姿に戻す。それが『環境クリーナー』としての使命であるというプライドみたいなものが私たちの仕事を支えています。だからこそ、今から30年も前にリサイクルセンターを作り、アスベストを完全無害化に挑戦しているわけで、土に帰らないものは残さないという精神を、たくさんの企業の皆さんと共有していきたいと思います」と前田本部長は語ってくれた。

解体工事業界の価値観を変えるために

 熊本県は、従業員がいきいきと安心して就業できる企業を「ブライト企業」として認定し公表している。県内約350社が認定されているが、前田産業もそのうちの一つだ。「2017年(平成29)の8月頃、社長が突然『夕方5時半にパソコンの電源を切ります』って宣言して、そこから働き方改革が始まりました。今では、基本的に残業禁止、完全週休2日制を実現しています」と前田本部長は振り返る。
 「解体工事業といえば、一般的には3Kで待遇が悪いイメージで語られることが多いのですが『解体業界のリーディングカンパニーは当社だ。前田産業から業界の価値観を変えていこう』という木村洋一郎社長の強い想いから、働き方改革を進めています」と語るのは、総務部 総務課 主任 原田拓人さん。「残業禁止から始めて、2020年(令和2)8月に完全週休2日制に移行しました。とは言え(解体の)現場は工期に限りがあるので、土曜日でも動きますし、現場が動くとサポートする内勤も出勤する場合がありますが、すべて休日出勤扱いです。それまで土曜日は通常勤務だったのが休日出勤になりますので、経営的に人件費負担が増えたのも事実です。一方で、採用活動はしやすくなりましたし、若年層からの入社希望も増えています」。

株式会社前田産業 総務部 総務課 主任 原田拓人さん

 土曜日は通常勤務、現場からの要望に応えるため内勤も残業があたりまえの状態から、社長が半ば強権的に働き方改革を進めたそうで、制度の移行期にはさまざまな苦労があったとのこと。「仕事量は変わらず、使える時間が減らされたって感覚でした。最初は、どんなに集中しても仕事が捌けない、でも時間だから帰らないといけない日々が続いてました。そのうち、よく周りを見渡すと、全力でやっても時間が足りない人と、日によって実は少し時間に余裕がある人が混在していることに気が付いて、まずは課内そして事務職全体で、仕事の分担やシェアが始まりました」と当時を振り返るのは総務部 総務課長 木原真由美さん。「当社では、業務が細分化しすぎていて、同じ課内でも『それは私の分野ではないですから』みたいなのがあったんです。それが仕事をお互いで共有できるようになって、誰かが急遽お休みしても対応できるようになりました。私は、小学生の子どもが2人います。土曜日がお休みになったので送迎が必要な子どもの習い事を、そこに集中させました。土曜日出勤は、もう厳しいですね」と微笑む。

株式会社前田産業 総務部 総務課 課長 木原真由美さん

 前田本部長との話の中で印象的なことがあった。「一般に言われているリサイクルって、その源流はもったいない精神だと思うんです。『もったいないから、何か別のものにリサイクルしよう』って。だから木屑を破砕して接着して合板にして販売されたりもしています。でも、私は『あれって、使わなくなった“その次”はどう処理するんだろう』って思うんです。だって、化学物質が混ざって、“木”とは違うものになっています。土に“帰す”には混ぜものがない方が、そうできるんです」。先に紹介したとおり、前田産業では、木屑は焼却して灰にして再利用している。もちろん、解体・廃棄に関する考え方の違いなので、どちらが正しいとか、優れているという話ではない。しかし、SDGsが掲げる“持続可能な開発”とは何か? とても考えさせられる視点ではないだろうか。