SDGsなプロジェクト
九州の企業が取り組むSDGsプロジェクト
変わり続ける天神の街の持続可能性は「天神をもっと良くしたい」と願う人たちの誇りが支えている。
株式会社岩田屋三越
株式会社岩田屋三越
住所:福岡県福岡市中央区天神2-5-35
TEL:092-721-1111 (大代表)
https://www.iwataya-mitsukoshi.mistore.jp/common/company.html
天神一帯を将来、必ず都心に
1960年代までは、麹屋番・上川端通・綱場町・下川端通・寿通からなる博多五町が福岡市で一番賑やかな商店街だったが、天神が現在のように福岡市の中心に成長した背景には都心界が重要な役割を果たしてきた。都心界は、「真に地域の発展を期すため、デパートと商店街が有機的に結びつくことはできないものか」と考えた商店街と旧岩田屋 (現岩田屋三越) の人たちが、1948年 (昭和23) に結成した。「天神一帯を将来、必ず都心に…」という願いの元、現在では天神にある12の商業施設や商店街で構成される親睦団体にまで発展してきた。天神の商業ビルが互いにエールを送り合う懸垂幕を掲げる風景は、すでに天神の名物になっているが、本来は競合関係にある天神の商業施設が共存共栄の精神のもと協力して、天神を“面として”エリア全体を活性化させようとする文化が育まれているのも都心界の大きな功績と言える。
今回ご紹介する株式会社岩田屋三越 (以下、岩田屋三越) は、この都心界の発起人の一つであり、地域に根ざした老舗の百貨店として天神の歴史を紡いできた。地域の百貨店を取り巻く環境は日々目まぐるしく変わり続け、順風満帆な状況にも困難な状況にもたびたび直面してきた歴史がある。そして今また、天神ビッグバンプロジェクトで激変する天神の未来を、彼らはどのように展望しているのだろうか? いわゆる“天神のブランド”を守り、なおかつ新しい街にアップデートしていくためには? SDGsの基本となる持続可能性 (サステナビリティ) という視点から、その取組みを追ってみる。
天神の持続可能性のカギは?
「百貨店という業態は、当初から“街と人をつなぐ”という取組みをしていて、私たち岩田屋三越は都心界を発足させ天神の街づくりに取り組んできました。お客さまからもなんとなくそういう認知をいただいていて、私たちがSDGsを推進するときに、社内でやるべきことをピックアップしてみると、実は昔からやっていることばかりが挙がってきました」と語るのは岩田屋三越 取締役執行役員 総務・経営企画部長 (取材当時) 和田金也さん。「都心界の話をすると、発足当時からともかく親睦が目的で、(商売の) 規模で発言権の大小を決めないとか、昔からいる人が偉そうな顔をせずに新しく仲間になった人も平等に扱うとか、とにかくライバルを誘致する、大阪資本だろうが東京資本だろうが新しく来てくれたら大歓迎する。それは今でも変わっていないんです。お互い商売的にはライバルなのに超仲良しっていうね、それが天神の独特の文化になっていると思うんです」。
「じゃあ (都心界で) 具体的に何をやっているかと言えば、なにかといったら集まってお酒飲んで (笑) 、新天町さんと一緒にどんたく隊を作ってパレードに出たり、みんなで十日恵比須神社に参拝したり、春と秋には水鏡天満宮に参拝したり、そんなことするくらいなら共同販促のキャンペーンでもしたほうが良くない? ってかつては思ったりもしたことがありましたが、でもね親睦が大事なんだよねって。今ではその大切さがよくわかります。一区画にこれだけ大規模商業施設が集積しているのは世界有数だそうで、だからお互いが戦っちゃダメ。みんなで天神全体で共存共栄していかないと。それが天神の持続可能性 (サステナビリティ) を担保する重要なカギなんですね。これまで福岡の外から (天神に) 来た人は、見事にそういう天神の色に染まってくれたので、その規模が大きいのが天神ビッグバンだと思うんです。だから、これからも天神は大丈夫だなって思えています。福岡って短い間に街の雰囲気がガラリと変わりますし、今、天神の街が大きく変貌しようとしています。じゃあ、なんで、こんなに大きな変貌ができる街なのかというと、それだけの魅力があるという証明なんですね。日本中の方が『福岡っていい街ですよね』とか『住んでみたいですよね』って言っていただける。だからその魅力がなくなったら最悪ですよ。私たちは昔から (天神に) 居る存在として“なぜ福岡がこんなに素敵な街であり続けられるのか? ” それを守っていく責任があると思います」。
「百貨店は“変化対応業”なんです」と和田さんは話を続ける。「百貨店は世の中の変化に大きく影響を受ける業態で、変化を嫌がるとこの仕事はできません。ただ、お客さまからは変化することと変化しないことの両方を求められます。間違って変わると『岩田屋さんともあろうものが』となり、時代に合わせて変わっていないと『岩田屋さんも落ちぶれたね』と言われる。そのバランスがとても大事です。そういう話を従業員としていくと『この仕事はお客さまに豊かさを提供すること』なんだという話になる。でも“豊かさ”って何でしょう? これが本当に難しい。たとえば、使えるお金がいっぱいあれば豊かかと言えば、ある程度お金があると欲しいものを手に入れてしまって、モノに対して興味を失ってしまう。そういう方を豊かにするには、いろんなことに興味を持っていただくことが大切になります。習い事だったり芸術だったり、自ら新しい世界に踏み込んでもらわないと豊かさが感じられなくなる。結局、そういうものを提供し続けていくのが百貨店の役割なんです。だからお客さまや時代に合わせて提供するものが変わるし、提供の方法も変わる。未来のある時期から見たら『昔は洋服なんかを提供していたんだね』ってことがあるかもしれない。実際、百貨店では車とか絵画とか不動産とかも手がけるようになっていますから。ともかくお客さまと共に変化し続けること。それが百貨店の持続可能性 (サステナビリティ) のポイントなのではないかと感じています」。
岩田屋三越のサステナビリティの考え方
さて、岩田屋三越のWEBサイトには「岩田屋三越のサステナビリティの考え方」が公開されていて、3つのポリシーが掲げられている。① 人・地域をつなぐ ② 持続可能な社会 時代をつなぐ ③ 従業員エンゲージメントの向上 がそれである。和田さんは言う。「『① 人・地域をつなぐ』というのは、先ほどお話ししたように私たちが天神の街でこれまで取り組んできたことそのものです。『② 持続可能な社会 時代をつなぐ』はSDGsの概念が出てきて初めて意識したことですね。私たちが80年余りなぜ親子三代にわたりご用命をいただけているのかって考えたときに、やっぱり“岩田屋の暖簾”というか安心・安全・間違いないという信頼がそれを支えていると思います。その部分をどう強化し継続していくのか。おこがましい言い方ですが、私たちが一歩先に進んで、新しいスタンダードをお見せして、数十年先の福岡人に見せても恥ずかしくないものをご提供できるのか? ということです。百貨店ではきちんとラッピングするのが肝要だったのに、環境に配慮してラッピングを簡易にするという取組みを始めたことなどは具体例の一つです。でも片方できちんと“百貨店的な”ラッピングをすることでギフトの特別感を演出できる側面もあって、ちょっと前からギフトセンターでは簡易包装以外のラッピングを有料にしたんです。最初はお叱りを少し受けたんですが、今はそれがスタンダードになっています。百貨店のラッピングの技術はプレミアムなサービスとして無くしてはいけないものですが、それと環境問題とをどう折り合いをつけるのかと考えたときに、今は、多分これが最適解だとお客さまにご提案しています。他にも試食用のプラスチック製スプーンとかをどうしていくかなど、私たちがどういう判断をするかということが、ひいては天神での商売の在り方に少なからず影響を与えることを意識して取り組んでいきたいと考えています」。
「『③ 従業員エンゲージメントの向上』ですが、福岡の街に誇りを持って、この街を良くしていくのは自分たちなんだっていう自負心を従業員が持っていないと、儲けだけを優先したり、自分の働きやすさだけを優先して変化することができなかったり、その辺は果敢にチャレンジしなければならないと思います。この街に岩田屋三越の暖簾を残したいとか、福岡らしい商売をしたいとか、そういう気概を持った従業員を生み出し続けないと (私たちは) 終わっちゃうんでね。元々、百貨店で働くことを希望する人はやりたいことが明確なんですが、これだけメディアで『百貨店業界は大丈夫か? 』って言われると気持ちが揺らいだり、ご家族からあまりよく言われなかったりとか、百貨店のリクルーティングは逆風だと思いますよ。私たち内部の人間からすれば“百貨店は変化対応業”だから、いくらメディアで“大丈夫か? ”って言われても。外部環境の変化にどう対応するかは、それこそ腕の見せ所なんですけどね。だからこそ、自分がこの店を、この業界を引っ張っていくんだって気持ちがないとやっていけない。別に滅私奉公してほしいわけでもなく、働きやすさを追求してほしいわけでもなく『天神をもっと良くするんだ』って気概を持った社員をどれだけ増やしていくかが、今こそ問われているんだと思います」と和田さんは語ってくれた。
地域の農業の持続可能性を高めるファームの取組み
では、岩田屋三越のサステナビリティ3つのポリシーについて具体的な取組みをピックアップしてみる。まずは『① 人・地域をつなぐ』の中から「岩田屋三越ファーム」を取り上げる。岩田屋三越ファームは、2017年度に佐賀県唐津市「大浦の棚田」での米作りからスタートしたプロジェクトで、農作物の育成や収穫を通して従業員が主体的に地域の現状や社会課題を知ることを目的としたものだ。「私は1986年 (昭和61) の入社ですが、その当時から『地域社会に貢献する総合文化産業を目指す』という理念がわが社にはありました。ものを売るだけでなく地域の人々に愛されることを意識して働くことを言われていて、それが現在にも脈々と繋がっています」と語るのは、岩田屋三越 食品・レストラン営業部 シニアマネージャー 白石賢介さん。
「岩田屋三越ファームは、現在は4つのプロジェクトを継続中です。まずは棚田米の栽培ですが、唐津市から場所を移して、福岡県朝倉郡東峰村で行っています。田植えや刈り取りなど栽培のお手伝いをした棚田米は、新米の時期にわずかですが300kgを店頭販売しています。200gのパッケージに小分けしていますが、それでも約1か月で完売する人気商品です。他には、熊本県菊池市で和栗の栽培を、福岡県八女市でもお茶の栽培をしています。熊本の和栗はペースト状のものをおもにお歳暮のお菓子用に活用していて、八女のお茶は新茶の時期に合わせて販売しています。最後に福岡三越屋上で屋上養蜂を行っていて、こちらは『福岡天神はちみつ』として福岡三越の地下2階『ラベイユ』にて年中販売をしています」。
「岩田屋三越ファームの目的は地域貢献なんですが、具体的には3つの意義があると思います」と白石さんは続ける。「まずは、地域の農産物の振興のために、きちんと作られたものを岩田屋三越で販売させていただくことで地域の収益を確保するという意味があります。また、現場の農作業を弊社の社員が行うことで、わずかですが地域の人手不足の解消に寄与することができます。最後に、地域の良いものを岩田屋三越で販売することで地域のブランド化に寄与することができます。いずれも、地域の農業の持続可能性 (サステナビリティ) を高めることに繋がっていると考えています。現在の課題は、弊社内でできるだけ多くの社員に、このプロジェクトに参加して現場を体験してもらうことです。私自身、このプロジェクトに携わって、普段は販売だけをしていますが、生産の現場を少し体験して生産者の皆さんの気持ちが少しだけわかった気がしますし、普段の食事でもお茶碗に白米が残らないように食べるようになりました。これまでは食品関連の社員のみが携わっていましたが、今年からその範囲を広げて、社内公募を実施しています」。
天神の屋上で養蜂することの意味
岩田屋三越 食品・レストラン営業部 和洋菓子担当 アシスタントマーチャンダイザー 谷間照子さんは、4年前に初めて天神の屋上養蜂プロジェクトの担当者になったそうだ。「はちみつ専門店『ラベイユ』ショップの担当が和洋菓子担当だったため、屋上養蜂プロジェクトに着任しました。特に希望したわけではなくて (笑) そういう部署が中心に屋上養蜂プロジェクトをやっていくというのが社内の流れだったもので。最初は、もちろん養蜂のことなんて何もわからない状態で、『ラベイユ』の方に教えていただきながら少しずつ勉強していった感じです。毎年3月の初旬に福岡三越の屋上に巣箱を設置して、5月中旬から7月初旬にかけて採蜜、その後は巣箱を撤去してミツバチを山に返します。巣箱を設置して採蜜が始まるまでの間に何回か巣箱の中をチェックする“内検”という作業があるんですが、同じ巣箱の中に女王蜂は1匹しか居られないんですね。内検の時に女王蜂になりそうな幼虫を間引く作業があって、最初はそれがとても印象深い作業でした。あと内検の時の防護服を着るのが暑くって (笑) 。でも刺されてしまうわけにはいかないので、その恐怖と戦いながらしています」。
屋上養蜂で採れた蜂蜜の特徴について谷間さんに聞いてみると 「量よりは質というか、品質にこだわっています。天神で採蜜する良い点は、天神地区ならではの蜜が集められることです。ミツバチはかなりの広範囲を飛んで花の蜜を集めてきます。近場だと警固公園やきらめき通り、アクロス福岡とか。昭和通りや明治通りの道路脇の花からも蜜を摂っていますね。少し離れた所だと薬院や大濠公園、西公園、福岡市植物園とか。天神地区は皆さんが思っている以上に緑が多いんです。お客さまからはまろやかで食べやすいと評判で、基本は百花蜜 (いろいろな花の蜜が入ったもの) なので、採蜜する時季によって花の種類が変わるので、それが『福岡天神はちみつ』の特徴だと思います。おかげさまで毎年新しい蜂蜜が店頭に並ぶのを楽しみしていただいているお客さまもいらっしゃいます。そうそう、知ってますか? ミツバチって天気が悪いと機嫌が悪いんですよ。だから採蜜は、できるだけ天気の良い時を狙ってやっています。機嫌が悪い時に採蜜するとミツバチが怒るので刺されます (笑) 。最初は“お菓子の担当だから”って始めたんですが、ミツバチの生態も知ることができるし、販売に携わっている者として、製造者の工程を知ることができたのは大きな意味がありましたし、担当できて良かったと思っています」。
従業員エンゲージメントと障がい者雇用施設との取組み
続いて『③ 従業員エンゲージメントの向上』の中から障がい者雇用施設との取組みについて注目してみる。舞台は鹿児島県曽於郡大崎町。のどかで広い田園風景の中に社会福祉法人愛生会 (以下、愛生会) の建物がある。社会福祉法人という言葉からイメージする以上に大きな敷地には、運動場や農作業をする圃場、複数の建物が並んでいる。愛生会は、1972年 (昭和47) 12月に開園し、おもに知的障がい者の自活、社会参加促進に向けた事業を展開している。1991年 (平成3) 、愛生会を運営していた新平重人氏と旧岩田屋の社長・中牟田健一氏 (当時) の間で障がい者に就労の場を提供しようという思いで、株式会社愛生 (以下、愛生) を設立したことがこの取組みの始まりとなる。現在、愛生は岩田屋三越の特例子会社認定事業所 [註1] として、岩田屋本店と福岡三越両店で使われる用度品やブランドショップの取手付き紙袋などの製作と野菜づくりを行っている。
[註1] 障がい者雇用率制度において企業は、従業員の2.0%以上の障がい者を雇用することが義務付けられているが、事業主 (親会社) が障がい者雇用に特別の配慮をした子会社を設立し厚生労働大臣から認定を受けた場合、その子会社に雇用されている労働者を親会社に雇用されているとみなし雇用率を算定することができる。この子会社を特例子会社と言う。
「愛生会では、おもに知的障がいの方や精神障がいの方、そしてそのご家族のサポートをしています。入所利用の方が約130人、通所利用の方が約250人と、およそ400人の方に利用いただいていて、年齢も18歳から80歳半ばまで幅広いです」と言うのは愛生会 副理事長 本部事務局長 新平真嗣さん。「障がいの現れ方は人それぞれで、ご家族の方の悩みもそれぞれなので、スタッフのサポートの在り方もそれぞれになります。どうしても家に閉じこもりがちになったり、中にはあえて閉じ込めてしまったりするご家庭もあって、本人はもちろんご家族はどうしたらいいかわからない場合が多いんですね。そこの声に寄り添って社会参加をバックアップしていくのが私たちのミッションの一つです。就労支援については、比較的通所利用の方が対応しやすい場合が多いですね。私たちは障がいを持った方がより自分らしく生きるためのサポートをしています。家に閉じこもりがちだった方がまずは外に出てみる。愛生会に通うようになると毎日行くところができる。就労支援の過程で少しずつ作業ができるようになると自分でできることが見つかる。愛生会で出会う人や一緒に仕事をする仲間と話すようになる。そうして、これまでは自分だけの世界だったのが、外の世界と徐々に関係性が生まれていくと、自分に対するリアクションに触れることで自分自身について知ることが増えていく。そういったステップを踏んでいきながら、自分らしさとか、自分が幸せに感じる生き方を見出していく、それが私たちが実践しているサポートです」。
就労支援の持続可能性を生み出すために
障がい者の就労支援と言っても、さまざまな困難を解決してきた結果、現在のような成功事例にたどり着いたのではないだろうか?「たしかに就労支援の取組みは、さまざまに試行錯誤しながら現在の在り方になりました。今は、岩田屋三越さんで使う紙袋や商品券を入れる紙箱の製作といった紙工業務や、地域の老人ホームのお掃除に行く清掃業務とか、敷地内にある農場で農作物を栽培・出荷することなどがおもな仕事になっています。これらは、実は誰にでもできる仕事ではないんですね。たとえば岩田屋三越さんの紙工業務は、紙に厚さがあったり表面加工がしてあったりとキズが付きやすく、紙袋の底面に個別に補強をしたりと作業も複雑なので、機械では対応できない細かい手作業が求められます。それを1日で約1,000個ほど作りますので集中力と持久力が必要です。老人ホームでの仕事は、お掃除のスキルはもちろん入所者の方とのコミュニケーションも求められます。農業はグローバルギャップ認証 [註2] を得た農作物を栽培して出荷しています。これらの仕事は地域でニーズがあるにもかかわらず労働力が足りない場合が多い。その困りごとに対してのソリューションなので、“障がい者でもできる”仕事ではなくて市場のニーズに応える仕事なんです。『プロダクトアウト』ではなく言わば『マーケットイン』なんです。だから、彼らは自分の仕事が誰かの役に立っていることをとても誇りに感じていて、誰かから必要とされることをモチベーションに、日々仕事に取り組んでいます。ともすれば『障がい者だから仕事のクオリティはそれなりでいいよ…社会貢献の一環だから』という風潮がある中で、障がい者も健常者も、それが仕事である以上同じ土俵に立たないと、就労支援の取組みは持続可能性 (サステナビリティ) がないと考えています」と新平さんは語る。
[註2] GLOBALG.A.P.とはGOOD (適正な) 、AGRICULTURAL (農業の) 、PRACTICES (実践) を証明する国際基準の仕組み。農業生産者が、安全で持続可能な農業を実践し、地域経済に貢献するための指針で、取得した生産者からの仕入れを優先している国や事業者が増加している。
愛生会の年間行事の一つに10月の大運動会がある。コロナ禍前には、新人研修の一環として岩田屋三越の新入社員が愛生会を訪れ、利用者と交流を図っていたそうだ。もちろん愛生で岩田屋三越の紙工業務に携わっている人たちとも交流している。「多い時は大型バス2台で1泊2日で研修に来られることもありました。愛生会の利用者の方々は、岩田屋三越の方がいらっしゃるのを単純にとても喜んでいます。特に愛生の人たちは紙工作業をしていく中で仲間意識が生まれるんだと思うんです。自分たちも岩田屋三越の仕事に携わっているという意識が生まれているから、仕事をいただいている相手というより仲間が来てくれたという感じなんだと思うんです。また、逆のパターンもあって、愛生会から岩田屋さんや福岡三越さんの店舗に見学に行って、自分たちの仕事で得た給料でお買い物をしたり、自分たちの仕事が実際に役に立っている現場を見たりして、先ほども言いましたが、自分と社会との関係性が認識されて、すごく感動したり喜んだりしています。ここ数年はコロナ禍でお互いを行き来することができなかったので、早く再開できるように願っています」と新平さんは教えてくれた。
変化し続けることの大切さ。ブレないことの大切さ。
では、逆に実際に新入社員研修で愛生会を訪れたことのある岩田屋三越の若手社員は、何を感じ何を思ったのだろうか。次世代の岩田屋三越を担う4名の若手社員に集まってもらった。入社6年目、お客さまに高感度の学びの場を提供する「学IWATAYA」を担当する堤田さんは「まず、愛生会の皆さんが僕らのことを仲間意識を持って迎え入れてくれたのにびっくりしました。すごい喜んでくれて、自分たちが作ったショッパー (手提げ袋) がどんな風に使われているのか、すごく嬉しそうに聞いてくれていたのが印象的でした」。堤田さんの同期で、現在は本館5階でおもにブランドと協働で企画を展開する安川さんは「実際に愛生の皆さんが手作りでショッパーを作っていらっしゃる現場を見て、愛生さんの仕事がないと私たちの仕事が成り立たないんだってことを実感しました。そこにはお互い受注者・発注者の関係ではなくて、単純にありがたいなと思うだけで、私たちが日々販売の仕事ができているのも、愛生さんをはじめいろいろな方のおかげなんだと知ることができた、多分、最初の体験だったと思います」と振り返る。入社3年目、いわゆる百貨店の外商というロイヤルカスタマーの対応をしている中尾さんと坂口さん。坂口さんは「愛生の皆さんが、熟練の職人のように次々にショッパーを組み立てていかれる姿に感動しました。しかも愛生さんが地域に根ざしてこの仕事をされているから、鹿児島の皆さんにも岩田屋三越が受け入れられていることを感じ、ありがたい気持ちでいっぱいでした」。続いて中尾さんは「愛生の方々のことは知らないで済む話でないなと感じました。こんなにも支えていただいて私たちの仕事が成り立っているんだということ。日々顔を合わせる仲間ではない場所でいろいろな仲間の支えがあることを、入社して早い時期に知れたことが大きかったです」とそれぞれ話してくれた。
そんな彼らと話をしていくと気付かされることがある。彼らは一様に「変化していくことの大切さ」を語る。安川さんは「私たちはお客さまファーストでありたいと思います。お客さまが何を望んでご来店いただいているのか? それは一人ひとり違います。その違いに敏感に対応できるのか? どうしたら喜んでもらえるのか? それを考え続けていくことを大事にしたい」と言い、同期の堤田さんは「岩田屋三越の暖簾を守り続けながら変化をし続ける企業でありたい」と語る。取締役執行役員 和田さんの想いとリンクする部分である。坂口さんもまた「変化をし続けるためには、一度変化を受け入れる必要があると思うんです。傍観者として変化の様子を見るのではなく、一度自分たちの中に受け入れて、その上で、自分たちはどう変化するのか? ただ単に周りの変化に流されるだけでは、本当の意味での変化にはつながらないと思います」と言う。「時代は変化しています。でも、それにブレないことも大切だと感じています。私たちのような百貨店にしかできないことが必ずあると思います。そのうちの一つが、お客さまと長い期間をかけて築いてきたもの。それは百貨店ならではの“おもてなし”とか、お客さまとの信頼関係とか、そういう部分を大切にしながら変わっていくことが大切なんじゃないかと感じています」と語る中尾さんは、さすが百貨店の外商担当ならではの言葉だ。
和田さんが最初に話してくれた「都心界」が大切にしてきたこと。岩田屋三越の若手社員の言葉に、その精神が脈々と受け継がれていること。そして愛生会の新平さんが語ってくれた、障がい者の就労支援に欠かせない「健常者と同じ土俵に上がること」など、天神の街の魅力の持続可能性 (サステナビリティ) は、このような想いを持った人たちに支えられている。では、実際に街を利用する私たち生活者はどのように天神の魅力を守り、維持できるのだろうか?