SDGsなプロジェクト
九州の企業が取り組むSDGsプロジェクト
私たちがこの街に病児保育園を作りたかった理由。すべては“役に立つ”ために。
株式会社丸信
株式会社丸信
住所 : 福岡県久留米市山川市ノ上町7-20
TEL : 0942-43-6621
https://www.maru-sin.co.jp
九州初、世界一のラベルを制作
このラベルを若竹屋酒造場と共同企画し、制作・印刷したのが、久留米市に本社を置く株式会社丸信。1968年創業、シール、ラベル印刷を基幹とする総合パッケージ企業である。これまで世界大会での受賞歴は4度あるものの、最高位の受賞は初。九州の企業が「Best of the Best」を受賞するのも初めてという快挙。高い技術力はもちろん、地域に役立つことを最優先する姿勢が、世界一の原動力とも言える。
三方良し経営からSDGs宣言へ
丸信のホームページには「SDGs宣言」を公表したコンテンツがあり、わかりやすく自社の考え方や取り組み姿勢がまとめられている。「初めてSDGsという言葉に触れたのは2年くらい前になります。お取引先から教えていただいたのですが、最初はピンと来ませんでしたね」と振り返る平木洋二社長。その後、さまざまなメディアでSDGsに触れるようになり、地方の印刷会社がSDGsに取り組む先行事例に触れる。中小企業によるSDGsのロールモデルとして広く知られる株式会社大川印刷 (横浜市) だ。大川印刷の取組みは「さまざまな業種業態と協業する印刷会社の特性を生かして、取引先企業と一緒に社会課題の解決に寄与するものづくり企業である」と自社事業を再定義したことがポイントだと言われている。
「大川印刷さんの事例に触れて、SDGsは簡単に言えば“三方良し”なんだと理解しました。私たちは三方良し経営を長年やってきていて、それならば従業員にも理解しやすいだろうと感じました。地域のお取引先のために役立つことを追求し、お取引先と一緒により良い社会を作ること。つまり、私たちの事業がイコール社会貢献なのだと。業績に余力ができたら社会貢献に取り組むのではなく、日々みんなで仕事をすることが社会貢献になる。SDGsは、私たちが大事にしてきた“役に立つこと最優先”という姿勢につながるなと考えました」と語る平木社長。そして、営業会議で全員にSDGsを説き、従業員の学びの場でSDGsに関する資料や動画を活用し、自社事業を仕分けしてSDGs17のゴールをマーキングした。先に紹介した「SDGs宣言」は、昨年9月に新規採用したばかりの広報担当者を中心に短期間で完成させることができたものだ。
「役に立つ」ということ
平木社長との会話の中でしばしば登場する「役に立つ」という言葉。これが丸信の取組みの根幹を成すキーワードだ。たとえば、丸信が提供するサービスの一つに「Indeed代理店」という、少々違和感を感じるものがある。WEB求人検索サービスの代理店をなぜ丸信が? 「地方の求人が難しいのはどの企業でも同じで、私たちも非常に苦しんでいた時期がありました。いくつかの施策を試した中で、Indeedで良い結果を得ることができて、それをお取引先にもお伝えしようと。Indeedを活用する場合は採用のページを自分たちで制作する必要があるんですが『ウチのページを作って欲しい』というお声が挙がりまして、弊社のWEBチームがお役に立つならばと制作をお受けしているうちに、ご依頼いただく数が増えてきまして。じゃあ正式にリクルート社と代理店契約を結ぼうということになりました」と平木社長は教えてくれた。
しかも、このIndeedを使って新規採用したのが、先に紹介した丸信の「SDGs宣言」を作った広報担当の田中敏彦さんだ。「一次面接の時点で、平木 (社長) から『丸信の広報はもちろん、お取引先の広報も担って欲しい』と言われました。久留米で広報専任の担当を置いている企業は数少ないので、弊社の広報活動をする中で得たノウハウやネットワークを活かして、お取引先の広報にもお役に立てるようにというのが狙いです。広報の仕事は、地域のメディアとの信頼関係を築くことが重要で、そのためにはメディアのお役に立てるように、つまり『久留米のことは丸信の田中に訊けば分かる』と思っていただけるような存在が理想です」と語る田中さん。わざわざ時間とお金と人財を投資して、お取引先や地域のメディアにも“役に立つ”存在を目指す。丸信の取組みは、ある意味ブレがない。
お取引先との協働で商品開発を
丸信が掲げる三方良し経営を象徴する取組みのひとつに「九州お取り寄せ本舗」が挙げられる。九州の知られざる商品を発掘する食品通販サイトで、丸信が制作・運営をしている。「弊社のお取引先には食品メーカー様が数多くいらっしゃいますが、地方に大手流通が進出して、地場の流通事業者との競争が激しくなると、質の高い商品でも店頭に並ばないものが多数出てきます。じゃあ、ネット通販で…とは言っても、食品の通販は非常に難易度が高く、思ったような売上につながりません。そんな悩みになんとかお役に立ちたいのと、私たちもネット通販のノウハウを獲得したいのとで、通販サイトを自社で立ち上げました。制作は社内のWEB制作チームがやっています。外部のコンサルも入れて、そこから得たノウハウはお取引先とも共有できるようにしています。もちろん売上も確保したいのですが、お取引先と協働で行うR&D(商品開発)と位置づけています」と語る平木社長。それならばと、「九州お取り寄せ本舗」に出品している企業にお邪魔して現場の取組みについてうかがった。
福岡県古賀市の工業団地の一角にある江口製菓株式会社ロハス工場。「元々はホテルやカラオケ店、居酒屋などのデザートのお手伝いをしていて、この工場で作ったスイーツを納品して、それぞれのお店で少し手を加えてお客さまに出していただくような、いわゆるBtoBのメーカーです」と自己紹介してくれたのは工場長の本間郁恵さん。「ウチも『LOHAS LAND (ロハスランド) 』というブランドを持ってはいるんですが、一般のお客さまに知っていただける機会がほとんどありません。さらに、コロナ禍で飲食店さんからの受注も減少していて、ブランドを活かして直販できないだろうか? と悩んでいました」とのこと。「コロナの影響からか、ネット通販で数字を伸ばしたいという食品メーカーさんからのお問い合わせは、実は、毎日にようにいただきます」と語る山本さんは、丸信のWEB制作ディレクターで、今回、本間さんと一緒にLOHAS LANDの新たな市場を切り拓いたパートナーだ。「店頭で販売している商品をそのまま通販のチャネルにのせても、思うように売上は獲れません。ただ、今回ご紹介する『バスクチーズケーキ』はこだわりの製法が特長で、そこに活路があると考えました」と山本さんは突破口を教えてくれた。
バスクチーズケーキとは、スペイン・バスク地方で食べられる外側を黒く焦がしたベイクドチーズケーキで、ここ1~2年で日本でもその名を知られるようになった。「工場で、表面を黒く焦がすまでチーズケーキを焼くと、その匂いがしばらく取れなくなり、そのオーブンでは他のケーキを焼くことができません。一般的には、ケーキの表面に焼き色をつける程度に仕上げる場合が多く、ここまで焦がすことはありません。ウチは、効率は悪いけれど、本場の製法にこだわって良いものをお届けしたいので、他は焼けなくなる覚悟で焼いています」と笑う本間さん。
「それを聞いた時に、本格的なバスクチーズケーキとして、ギフト商品で勝負できないか? と考えました。ギフト商品だと、発送時にメッセージカードを封入したり、1件のご注文で複数のお届け先に細かく仕分けしたりとメーカーさんの手間が増えます。しかも“必ず売れる”と確約できないので、発送用の人材と時間を確保できずチャレンジを断念される場合もあります」という山本さん。そこで山本さんは、丸信で自主的にデザインした梱包しやすい化粧箱とメッセージカードを持ち込んで、発送の手間だけは江口製菓さんに持ってもらい「ギフトで1回チャレンジさせてください」と本間さんを口説いた。丸信のノウハウと江口製菓の労力を投資して、バスクチーズケーキを「母の日ギフト」として販売開始。なんと3日間で、200個を越える注文が寄せられた。“誰も知らない”と悩んでいたLOHAS LANDは、新しくギフト市場を開拓した。
母の日で手応えを得たので、通年でギフト需要に対応できるようにと、バースデーギフト用の化粧箱を開発。バスクチーズケーキは「九州お取り寄せ本舗」の安定的な人気商品となっているそうだ。「バスクチーズケーキをプレゼントされたお客さまから『黒く焦げた不良品が届いた』とお叱りを受けることもあります。そのたびにきちんとご説明申し上げます。LOHAS LANDのケーキがお客さまのお手元に直接届いている証ですから」という本間さんの笑顔は、確かな手応えに満ちあふれているように見える。
子育て中の従業員をサポートする企業主導型保育園
その名に“インターナショナル”と付けたのは英語教育に力を入れている保育園だからとのこと。丸信から保育園の運営を委託されている株式会社英語保育所サービスの宮原奈津子園長に話を聞いた。「弊社は、企業主導型保育園の運営を全国で受託しています。企業主導型保育園の制度が浸透するにつれて、弊社のような専門事業者の数も増えています。弊社の保育は、社名のとおり英語保育が特徴で、将来グローバルに活躍できる人材育成を目指しています」とのこと。
丸信インターナショナル保育園で行われている英語保育とは? 「簡単に言うと、一日中いろいろなシーンで日本語と英語が混じり合って交わされている感じですね。ネイティブの英語だけを話す外国人保育士と、英語が得意な日本人保育士と、英語を勉強中の保育士と、子どもたちは0歳~5歳児まで約30人が混在しています。子どもたちは英語も日本語も“音”として認識しているので、この先生とは英語で、この先生とは英語まじりで、この先生とは日本語でと、当たり前のように“音”を使い分けています。子どもたちの年齢もバラバラなので、子ども同士のコミュニケーションでも、お互いに通じる”音”を使っていますね。もちろん英語に触れる時間を長く作りたいので、毎朝”英語だけ”のプログラムを設けたり、園内のサインや注意書きも英語で表示しています」と言う宮原園長。
驚くべきは、子どもたちが相手に合わせて自然にコミュニケーションの“音”を変えていること。「この子たちが大人になる頃には、もっとグローバルな世界で生きていくことになると思います。この時期に英語に慣れるのはもちろんですが、英語しか話さない人、英語も話す人、年上の子、年下の子など、個性の違う人たちとそれぞれの違いを尊重しながら生活すること、それが当たり前な環境で育てることが大事なんだと思います」と英語保育の本質を教えてくれた。
僕が病児保育園を作りたかった理由
丸信インターナショナル保育園には、もう一つ大きな特徴がある。それは病児保育に対応していることだ。「僕は、どうしても病児保育ができる保育園を作りたかった。それは、この街にある貧困問題、特にシングルマザーの現実をなんとかしたかったんです」と平木社長は訴える。
「働くシングルマザーが一番困るのは、子どもが病気をした時です。普通の保育園では病気の子どもは預かってもらえないし、ひとり親なので頼れる人が近くにいない場合が多く、仕事を休んで子どものそばにいることになる。雇用する側としては、突然休まれてしまうと仕事が止まるので、彼女たちには重要なポストをどうしても任せられない。結果、正社員ではなくパートや非正規雇用の人が多くなって給与も少ない。しかも、子どもの病気で仕事を休むと、さらに収入が減る。この悪循環が貧困を生んでいます。もし、病気の子どもを預かってくれる病児保育園が近くにあれば、少なくとも仕事を突然休むリスクからは解放される。その人のスキルを活かした仕事に就ける。でも、久留米市にはわずかな数の病児保育園があるだけです。貧困問題は、遠い海の向こうの国の話ではなく、今、ここ久留米に想像を絶する貧困があることを知って欲しいのです」。
はじめは、久留米の「NPO法人 わたしと僕の夢」の代表理事・佐藤有里子氏を通じて、このシングルマザーの貧困問題を知ることになったとのこと。「佐藤さんからシングルマザーが置かれた現実を知らされ、ウチの従業員にもシングルマザーが数十人いて、中には、子どもが病気になると、重要な仕事を任されている責任感からか、子ども家に残したまま泣く泣く出勤して、でも誰にも言えないまま、昼休みの短い時間で子どもの様子を見に帰り、急いで会社に戻って時間まで仕事をする ーそんな従業員がいることを知ったのです。僕は、そんなこと何も知らずに経営していたのか!! と。それで、どうしても自分がやらなきゃと思って、病児保育ができる保育園を作りました」と語る平木社長。穏やかな語り口の中に、抑えきれない強い想いがにじむ。
企業主導型保育園が、次第に広がりを見せているとはいえ、やはり病児対応となるとハードルが高くなる。病気の子どもを預かるリスクや、もちろん (他の園児と) 隔離できる部屋が必要なので建築コストも高くなる。保育士の数が少ない今、さらに看護師や保育士を専任で確保せねばならない。つまり運営する企業の負担が大きくなる。「保育園の運営を委託している会社からは、当初『病児 (保育) をやらなければ100%黒字経営できます。病児をやれば年間1,000万円の赤字です』と言われました (笑) 。今は、トントンですね、儲かってはいませんが赤字でもありません」と平木社長は笑顔で教えてくれた。
「僕は、SDGsに取り組むことは差別化要因にはならないと思います。SDGsは解決しなければならない問題をみんなで解決しましょうってコトだと思うんです。病児保育も、弊社でもできたので、他の企業でも実現可能なんです。ぜひ真似して欲しいと思っています。複数の企業の共同経営でも実現可能ですし、保育園の運営をアウトソーシングできる専門事業社も増えています。ぜひ一つでも多くの病児保育園が、この久留米の街に増えていくことを願っています」と語る平木社長。
SDGsは差別化要因ではない、みんなで“役に立つ”ことを一緒にやりましょう。ー平木社長のメッセージは、企業がSDGsを推進する上で、ひとつの大きな参考になるのではないだろうか。