SDGsなプロジェクト
九州の企業が取り組むSDGsプロジェクト
増え続ける鶏糞で、減り続ける海洋資源の回復を。天命とも言える新しいチャレンジ。
トリゼンオーシャンズ株式会社
トリゼンオーシャンズ株式会社
住所 : 福岡市博多区千代1-8-13
TEL : 092-235-5941
https://www.torizen-oceans.com
知られざる海の環境問題とは
増え続ける鶏糞をどうするか?
トリゼンオーシャンズ株式会社の母体はトリゼンフーズ株式会社。九州産銘柄鶏「華味鳥」で知られる鶏肉事業を基幹とする老舗だ。1949年の創業以来、順調に飼育羽数が増え、それにともない排出される華味鳥の鶏糞は直営の養鶏場だけでも年間で2,500トンを超えるまでになっていたとのこと。「もうね10年くらい前から鶏糞の問題に悩まされとるんよ。自分トコの養鶏場で年に2,500トン、グループ全体だと20,000トン出るわけで、これをどうしようかってのは逼迫した問題なんですよ」と言うのはトリゼンオーシャンズ株式会社 代表取締役社長 河津善博さん。「玉ねぎの栽培に鶏糞が良いってのは昔からあってね。福岡や佐賀の生産者の方に、特に佐賀には白石町って玉ねぎの産地があるからね、鶏糞を一部だけど引き取ってもらってたのよ。ただ鶏糞は臭うから、生産者の方も周りから苦情が出るもんだから、だんだん引き取ってもらえなくなってね」。そこで、まず取り組んだのが鶏糞を活用した臭わない肥料の開発だ。独自で開発したバイオエキス「華燦々 (はなさんさん) 」を鶏糞に散布して完全発酵させ、鶏糞特有の臭いがしない普通肥料「華煌ら (はなきらら) 」を作り出した。鶏糞由来としては希少な農林水産省の公定規格に適合した普通肥料だ。
鶏糞で農地の土壌改善を
佐賀県白石町。町の東方、有明海に向かって広がる白石平野は干拓事業で造成された粘土質土壌で、米・麦、野菜など農業に適している。特に玉ねぎ栽培が盛んで、佐賀県内の生産量 (北海道に次ぐ全国2位) の半分以上を占めるほど。この白石町で「華煌ら」を使って玉ねぎを栽培している島内成敏さんを訪ねた。案内してくれたのは株式会社福岡九州クボタ 白石営業所 古田 強さん。農業機械だけでなく地域の農業を多面的にサポートするクボタが、トリゼンオーシャンズから「華煌ら」を仕入れ、地域の生産者に紹介・販売している構図だ。
「『華煌ら』は鶏糞由来なので、牛糞や豚糞よりもコストのバランスがちょうど良いんです。白石のおんなじ玉ねぎ農家さんでも、それぞれ特色がありますから、堆肥も自分に合うものを選んで使われます。『華煌ら』はそのうちの一つです。おもに土づくりに使う肥料として好評ですよ。3年前からお取引を始めて、徐々に (取扱量が) 増えています」と言う古田さん。「華煌ら」の特色を伺うと「土着菌を活かして、健康な土を作る肥料です。あと完熟していますので、苗が焼けませんし、効果が出るまで待つ必要がありません。価格は激安ではありませんが、品質に比べてリーズナブルだと思います」と教えてくれた。一般に、糞尿を堆肥化する過程では、水を含んで有機物を分解(発酵)させる際に熱が発生する。未完熟の堆肥を使うと、雨や水分が加わるとそこで熱が発生して文字通り“焼ける”のだが、「華煌ら」にはそれがない。
さて島内さん、ちょうど玉ねぎ栽培の土づくりの時季で「華煌ら」を施肥するところ。この道30年の大ベテランは「華煌ら」を使い始めて3年目を迎えるそうだ。「最初は、畑の一部分を使って試してみたら具合が良くて、2年目から全部『華煌ら』に変えたもんね。今年は他の人にもあちこち紹介しよるもん」と笑顔を見せる。実は、農家さんごとに土づくりの“レシピ”があり、自分の農地の土の特性や栽培する品種に応じて、どの成分をどれくらい施肥するのか細かい配合を独自で作られているそうで、そのレシピはもちろん門外不出。そんな繊細な土づくりに使う肥料を他人に勧めるというのは、実際に施肥した実感があるからこそ。「まず玉ねぎの新鮮さの”持ち”が良かね。あとは成分やね。窒素、リン酸に加えて、石灰や亜鉛が入っているのがいいね。土づくりにはぴったりやね。使いやすかよ」と教えてくれた。
処理できない鶏糞を活用して農地の土壌改善に役立てる。まさに資源循環型のお手本のようなチャレンジだが、これで課題解決とはならなかった。「最初はね『よし、これでウチも(資源)循環型の仕組みができたぞ』って思っていたんだけどね、それはもう先人たちがやってきたことだったのよね。鶏糞由来だけでなく、牛糞由来とか豚糞由来とか競合がいっぱいあってね、思ったように鶏糞が消化できていないってのが現実なんです。もちろん『華煌ら』は良い肥料なんですが、肥料を売って利益を上げることじゃなくて、鶏糞を消化することが本来の目的なんで、これだけじゃ足りなかったんです」と言う河津社長。福岡九州クボタ・古田さんが言うように、農家さんには土づくりのレシピがあって、自分に合う肥料を選んで使う。いかに「華煌ら」の品質が良くても、一気に大量に消費されるものではなかった。
海の水はきれい、でもエサが少ない
そんな中、広島大学名誉教授で、流域圏環境再生センター長の山本民次さんとの運命的な出会いが生まれる。「流域圏」とは、水が山から川へと流れて海へつながる全体の圏域のこと。山本教授は、流域圏の中での水や物質の循環を解析し、そこにある課題を解決することで地域貢献へとつなげている“実践派”の研究者である。「水はさまざまな物質を含んで海に届きますから、河口域が一番汚れます。沿岸の海底には汚れた泥、いわゆるヘドロが溜まる場合があります。ヘドロは有毒な硫化水素を発生させますので、酸化させて土の環境を改善しなければなりません。一方で、海の水自体はきれいになっています。ここ40年くらいのさまざまな環境改善の取組みのおかげですね。ただ水はきれいになりましたが、生物のエサが少ない“痩せた”海になってしまいました。海に流れ込む川がきれいになったので栄養分の供給が足りないんです。これを改善しなければなりません」と山本教授は言う。川や海の環境保全といえば、まさにこの“きれいな水にする”ための取組みをイメージする方も多いはずだ。しかし、その結果「エサが少ない“痩せた”海」が生まれているというのだ。
運命的な出会いでプロジェクトが動き出す
「山本先生は、私たちの心の頼りなんです」と語る河津社長。2人の出会いは3年ほど前のこと。「日本の干潟がそんなことになってるなんて全然知らなくてね。しかも山本先生が、有機肥料で海を汚さないものを探していて、『これならイケるんじゃない? 』ってなってね」。こうしてトリゼンと広島大学、産学協働でのプロジェクトが始まった。
「最初は、有機肥料では難しいんじゃないかと思ったんです」と振り返る山本先生。「陸 (畑) は私有地で区画が決まってますが、海は全部つながっています。海の水は潮汐で動きますからね。施肥した養分が溶け出て、他に流れていったら意味がないし、他所に悪い影響を与えてしまうと、もう止めようがない。海開きを前に保健所が大腸菌の厳しい検査をしますから使える肥料もそれをクリアしなきゃならない」と当時を振り返る。「でも、ウチの鶏糞は、国の認可を持つ特殊なもの。発酵させる過程で発熱するから雑菌は死滅して、完熟だから臭くない (河津社長) 。それならばと、実際に工場を見学し「完全発酵させた鶏糞に臭いが無いばかりか、大腸菌やノロウィルスなどがまったく含まれておらず、酵母と乳酸菌のみが含まれるというデータを見て『これは味噌や醤油と同じですね。 これなら海でも使える』と思いました (山本教授) 」。まさに運命の出会いである。
早速、1年間の共同研究で商品開発が始まった。実験室から始めて、次第に規模を大きくして、最後は実際の干潟を借りての検証となる。それまで使ってきた化学肥料では、小さな粒状のものを干潟にばら撒くイメージで作ってみたが、波に揺られて海水に浮いてしまい、引き潮とともに沖へ流された。アサリのエサは土の表面に生える付着微細藻類で、肥料は干潟表面の土に届かねばならない。波に流されず、でも土の表面に届いて、一定の期間溶出し続ける、海を汚さない有機肥料とは? そんな試行錯誤の結果、円柱形に固めて、上面を干潟の土の表面と同じ深さになるよう埋めるという方法が開発された。肥料となる窒素やリンが半年間は持続的に溶出する大型サイズを試作してみたら重すぎて人の力では運べなかった。3か月間は溶出する仕様にサイズダウンして、容易に持ち運べるようになった。こうして鶏糞由来の海専用肥料が誕生し「MOFU-DX」と名付けられた。
漁協と協働で挑む干潟の再生
熊本県玉名市の岱明 (たいめい) 漁業協同組合。有明海の恵みを活かした海苔養殖とアサリ漁が2本柱だが、アサリの漁獲高はここ20年で激減しているそうだ。「アサリの水揚げは、熊本県が国内の約3割を占めていた時代があったそうで、その中でも岱明は県内屈指の漁場だったと聞いています」と語るのは、岱明漁業協同組合 西村健一参事。「当時は1日で約300のアサリ漁師が海に出ていたそうですが、今は、年間でのべ40人くらいの規模。漁協はほとんどが海苔養殖業の方ですね」。とは言え、減少を続けてきた20年、何もできなかったのだろうか? 「まだアサリが豊富に獲れていた頃は、根拠のない“5年周期説”みたいなのがあって『今年は悪くても来年はまた戻ってくるよ』みたいな感覚だったそうです。その後、漁獲高が減り続けても『自然には勝てんよ、人間はね』っていう人が多くて。一方で若い世代では『これじゃあいかん』という人が出て、賛同する人もいるけれど人数が少ないから何かを始めにくい。国もね、農業と同じように、海を『畑』に見立てて人工的に手を加えて改善するようにと指示を出して、補助金の制度は作ってくれてはいるけれど、具体的に何をしたら状況が改善するかはわからないまま。先が見えないので、新しいことに人もお金も投資しにくい状態です」と西村参事が現状の悩みを教えてくれた。
そんな岱明漁協とトリゼンオーシャンズを結びつけたのが、玉名市 産業経済部農林水産政策課の森川敬太さんだ。「玉名市で水産関連の視察研修を企画している時に、ネットでトリゼンオーシャンズさんの取組みを見つけて『これだっ!! 』て思いました。すぐに研修に伺わせてくださいとお願いして。市としてもアサリをどうにか復活させたいという想いはありましたし、可能性の無いところには研修に行きませんので」。その申し出を受けたトリゼンオーシャンズは「森川さんの熱意はしっかり伝わってきました。工場見学に来ていただいて、広島での試験データも見ていただいて。『MOFU-DX』は干潟だけでなくいろいろな用途があるんですが、皆さんが困ってらっしゃる状況をなんとかできるんじゃないかと思います」と当時の様子を振り返る。
こうして始まった岱明漁協での挑戦は、2020年秋 「MOFU-DX」を試験的に導入することで第一歩を踏み出した。「アサリは春と秋に卵を産みます。稚貝が定着する時期にホールケーキみたいな『MOFU-DX』を入れて栄養分を与えるのが狙い。今回は鍋松原で岱明漁協が管理する干潟38m×8mの範囲に100個入れています (西村さん) 」。「結果が約束されているわけではないチャレンジなんですが、市としても応援したいと思っています (森川さん) 」。一方トリゼンオーシャンズでも、河津社長の戦略にのっとって100個分の「MOFU-DX」を無料で施肥している。このチャレンジは、三者三様、リスクを抱えながら“それでもっ!!”という想いに支えらている。誰か一人だけが負担を抱えることなく、それぞれができることを負担しながら未来を創ろうとしているのが特長だ。最終的に「MOFU-DX」を選んだ理由を尋ねてみると「一回施肥したら放っておいていい。メンテナンスフリーってことですね。モニタリングはもちろん必要だけど、そこまで (育てることに) かける手間がないのが本音です。じゃないと、続けられません」と西村参事は言う。結果が出るのは、数年後となる。長い年月をかけてでも、干潟の環境を改善し、岱明のアサリを復活させようとする強い意志が伝わってくる。
トリゼンオーシャンズ 河津社長は、実は2020年に父親を亡くしたそうだ。「僕はね、親父が始めた養鶏場をやめたかった。だって赤字続きで、飲食業の黒字分を養鶏場で食いつぶすような構図で、それでも親父は養鶏場を手放さなかった。親父が残してくれた養鶏場の鶏糞がね、今、日本の海を元気にするチャンスをくれた。もう、こうなると天命だよね」と笑う。博多の鶏食文化が、日本の海洋資源を救うかもしれないなんて、トリゼンオーシャンズの挑戦は、博多の鶏好きならば胸を張って応援したくなるプロジェクトではないだろうか?