SDGsなプロジェクト
九州の企業が取り組むSDGsプロジェクト
少子高齢化だからできる地域密着型“お役に立ち続ける”戦略。半径500mの深くて優しい商圏のつくり方。
株式会社サンキュードラッグ
株式会社サンキュードラッグ
住所 : 福岡県北九州市門司区黒川西3-1-13
TEL : 093-341-3111
https://www.drug39.co.jp
高齢化率が最も高い政令都市・北九州市
総務省が発表した2020年国勢調査の速報値によると、前回の2015年調査時に比べ、国内すべての市町村のうち、82.4%の市町村で人口が減少している。少子高齢化にともなう人口減少は、ほとんどの市町村で共通の社会課題と言えるが、なかでも北九州市は、全国で最も人口の減少数が多く、2015年時から21,664人 (2.3%) 減っている。加えて、北九州市の高齢化率 [註1] が30.5% (2019年3月) と、政令指定都市の中で最も高いことも特徴的だ。高齢化率が高いまま人口の減少が続くのは、若者が流出していることを意味する。ちなみに同調査で、福岡市は全国で2番目に多い74,680人 (4.9%) の人口増となり、高齢化率は23.4% (2020年3月) である。
止まらない人口減、高い高齢化率など、北九州市の少子高齢化は深刻と言えるが、90万人以上の人口を支える産業や企業も数多く存在し、都市力の高さは健在だ。さらにSDGs推進に積極的なことでも知られており、2018年6月「SDGs未来都市」および「自治体SDGsモデル事業」に選定されている。環境産業の振興を通じた地域振興策として再生エネルギーの活用推進など、脱炭素社会の実現に向けてさまざまなチャレンジも進行中だ。
[註1] 総人口に占める65歳以上人口の割合のこと。
少子高齢化を逆手にとった経営戦略
少子高齢化が進む北九州市において、そのマーケットの特性を逆手にとって業績を伸ばしている企業が、株式会社サンキュードラッグである。1956年、門司港栄町商店街でわずか11坪の平野薬局から始まった同社は、北九州、下関エリアでの知名度は抜群と言われる地域密着型のドラッグストアと調剤薬局のチェーンで、域内に74店舗を展開している。その経営戦略からは、今まさに必要とされる、地域密着型経営の本質が見えてくる。
「一般的には少子高齢化による人口減少は、市場の縮小を意味します。ただ、外部環境は自分たちの力では変えられません。その地域で (企業として) 生きていくしかないわけで、そこでプラス要素をどうやって見つけていくかがポイントだと考えています」と語るのは、株式会社サンキュードラッグ 代表取締役社長兼CEO 平野健二さん。「北九州市の人口はピーク時には107万人でした。それが今は94万人ほど。ただ街のインフラは107万人の時代に合わせて整備されていますので、街のポテンシャルには少し余裕があって、暮らしやすいポイントが数多くあります。たとえば下水道普及率は福岡県内で1位。九州の入り口に位置するので、鉄道や道路など交通インフラは早くから整備済みで、交通渋滞も少ない。住居費は安いし病院もふんだんにある。だから高齢者が住みやすい街 [註2] という側面があります」。
「商業は一般的にフローで考えます。今期の売上額や経常利益などを追い求めますよね。ただ北九州市のように飽和したマーケットでは、それでいいのだろうか? そこで私たちは企業経営をストックで考えてみました。投資を何年で回収するか? ではなく、一回投資したものが何十年間利益を出し続けられるのか? を考えるんです。新規出店して短期間で初期投資を回収する方法に悩むのではなく、一つのお店がどのくらい長く利益を出し続けられるかに知恵を使います。要するに、今は“成り立つお店”が減っているんですね。僕らが小学生だった頃は、学校の前に必ず文房具屋さんがありました。一学年で200人の子どもがいましたからね。でも今は子どもの数が減ってしまったのでお店が成り立たない。でも文房具の需要が無くなったわけではないんです。その需要をウチで引き受けられないか? 他所と同じ商品の売上を奪い合うのではく、地域の中で“求め”はあるけれど供給するところが無い。そういう商品をこまめに積み上げていくとビジネスとしては成り立つよねって。ですから、この5年で新規の出店は1店舗もありません。マーケットは広がらないから。でも売上は40億円増えましたし、経常利益もほぼ2倍になりました」。
[註2] 『シニアにやさしい街 総合ランキング(日本経済新聞)』では、北九州市は福岡県内で第1位、九州全体でも第3位。
平野社長は続ける。「具体例の一つで、高齢化が進む地域では大人用の紙おむつが売れます。大人用の紙おむつって、ご家庭に要介護者が1人いると年間で11万円くらいの支出になります。一方、ドラッグストアの主力商品であるヘルス&ビューティケア関連は、さまざまな種類のものを全部合わせて年間10万円くらいの支出です。私たちは、年間10万円使ってくれる家庭×件数で試算して、その件数、つまりお客さまの数を増やすことを目指す、そんな商売ではありません。私たちは紙おむつに年間11万円使うご家庭にフォーカスして、他に必要なものは何なのか? それを全部カバーできて、しかもダイレクトにアプローチできれば、少子高齢化で広がらないマーケットでも商売ができるんじゃないか。取り扱う商品の幅が増えれば、しかも日常的に必要だけど近所では手に入りにくい商品ならば、お店に来てもらえる理由が増えるんじゃないかって考えてきました。一方で、都市部における高齢者の生活行動の80%は半径400m以内で完結するというデータがあります。高齢者向けと言えば、商品をお手元に届けなければならないと思われがちですが、高齢者の85%以上は健常者です。健康のことを考えたら届けてはいけない。足腰が丈夫なうちは、むしろお店に来ていただいた方が良い。だったら、毎日の生活の中で行ける範囲にお店がないといけない。だから半径500mの商圏で店が成り立つビジネスモデルを作ったんです。私たちは、お客さま相手の商売なので、お客さまが利用可能な接点を作る必要があると考えたんです」。この“超高密度出店戦略”こそがサンキュードラッグ の特徴の一つである。
少子高齢化でマーケットの拡大が見込めないならば、規模を拡大するのではなく、地域住民の“求め”はあるのに供給できていない商品を幅広く取り扱い、しかも一つの店舗の商圏を半径500mに設定し、住民の日常の行動範囲に必ずタッチできる場所に出店をする。規模を追うのではなく深さを追うことで、サンキュードラッグ は地域に“なくてはならない店”となっている。
地元のお役に立ち続けること
「私たちのような地方の中小企業は、その経営理念に“地域密着”を掲げている場合がほとんどですよね。じゃあ“地域密着”って、実はどういうことなんだろうって考えたんです。簡単に言うと大手ではできないこと。ポジティブに言えば『ローカルだからできること』だと考えたんです」と語る平野社長。「先にお話した高齢者の生活行動の80%は半径400m以内で完結するから、半径500mの商圏で出店するモデルを作りました。病気になったり具合が悪くなった時に対応できるよう、夜遅くまで営業していたり、365日開いているお店を設定したりして、その地域で皆さんが安心で健康で暮らせるための便利なインフラにしようと考えています。じゃあ、頭が痛いです、これは寝てればいいの? お薬を飲めばいいの? いや病院に行った方がいいの? お客さまには、これがわからない。私たちがお客さまの日常的な健康情報を把握していれば、その痛みが慢性的なものか突発的なものか、基礎疾患に由来するものなのか、専門的なアドバイスができますよね。鎮痛薬を日常的にずっと飲んでる人がいるとします。本人は頭が痛いから飲んでるんですが、その中には一定数の割合で脳梗塞の前段症状の人がいることを私たちは知っています。だから脳神経外科の受診をアドバイスすることもできる。ごく当たり前の生活行動に隠されているご自身の取るべき行動を私たちがサジェスチョンできる、それならインフラになりますよね。私たちは北九州市民約20万人分の調剤履歴を持っています。仮にご本人の同意があれば、万一救急搬送された場合でも過去の投薬のデータを医師と共有できる状態にあります。ここ数年、毎年豪雨災害がさまざまな地域で発生していますが、避難所には比較的モノは届くけれども、自宅にいる人にはモノが届かなかったりします。私たちは、どのお店に何月何日何時に水が何リットル届くかはわかる。サンキュードラッグ の会員様が約27万人、そのうち約11万人がWEB会員なので、その情報を該当店舗の商圏のお客さまに直接お伝えできたりもします。それもインフラになりますよね」。まるで当たり前のことのように話す平野社長だが、このレベルで顧客との関係性を構築するダイレクトマーケティングを、地方の中小企業のリアル店舗の経営で実現しているのには、ただただ驚かされるばかりである。
「マスマーケティングでよかったのは、人口が増え続け経済が拡大していた時代です。今は、一人ひとり価値観が違うし、人口は減ってるし、お客さまと呼ばれる人はみんな違います。一人を大事にして、その人に必要なモノ、それも『何が欲しいですか? 』とお客さまに尋ねるのではなく『これが必要じゃないですか? 』と提案できることが大事です。それは“One to One”じゃないと実現できなし、ローカルだからできる戦略だと思います」と語る平野社長。この戦略とそれを実現する店舗網や人材、ノウハウなどは、約25年をかけて築き上げたものとのこと。サンキュードラッグの大きな強みであると同時に、競合他社が簡単に真似できる戦略ではないと言える。
地域医療のなかで果たすべき役割
平野社長との話の中でたびたび登場するのは「地域医療のインフラになりたい」という言葉だ。「私たちは、おかげさまで北九州・下関で大きなシェアを得ています。だからこそ地域医療において大きな責任があると考えています。先にお話しした“場所”と“時間”、半径500mの商圏と営業時間の拡大も、その責任を果たすための具体例だと言えます。次に大事にしているのはaccessible (アクセシブル) であること、つまり利用しやすさです。健康診断ってありますよね。福岡県の協会けんぽのデータだと、健康診断の受診率は、本人が52%、家族は14%なんです。本人の健診は、多くは所属する企業や団体に検診車やドクターが来ますよね。でも家族は、対応してくれる病院を探して自分で行かなきゃならない。そりゃ面倒くさいですよ (笑) 。ウチで北九州市と一緒に『健康フェア』ってやってて、お店に乳がんの検診車を呼ぶんです。北九州市では乳がんの検診率って20%くらいなんですが、店先で「今、そこで乳がんの検診できますよ」って言うと、5分足らずで行列ができます。病気になってしまえば、皆さん病院に行きます。でも未病 (発病には至らないものの健康な状態から離れつつある状態) の段階でどうしますか? って、そこはあまり関心がない。だから健康診断にはわざわざ行かないですよ。だったら、健診くらい“ついで”にできなきゃならない。買い物の“ついで”、用事の“ついで”で健診できるといいんです。つまり、こちらから近づいていかなきゃだめなんです。だからウチのお店も、買い物の“ついで”に健康相談ができたり、漢方の相談ができたり、病院を受診できたりなど、ウチに来れば、健康のことがワンストップで済むような、そんなお店作りに努めています」と語る。
その取組みを象徴する店舗の一つがサンキュードラッグ平野店。JR八幡駅から皿倉山のふもとへと続く平野地区は、国際村交流センターや国際協力機構JICA九州、九州国際大学などが並び“国際交流ゾーン”としての整備が進むエリアだ。平野店は、年中無休で22時まで営業するドラッグストア機能に加え、調剤薬局や漢方専門のつむぎ堂、管理栄養士がサポートする会員組織「スマイルクラブ」を持つ複合機能店舗である。また敷地内には、コインランドリー、整骨院とスポーツジム、内科クリニックがあり、平野店と駐車場を共有している。まさに地域医療のインフラと言える機能が集積している。「平野店は約4年前にこの場所に規模を拡大して移転オープンしました。サンキュードラッグの中でも規模の大きなお店で、1日に約1,000人のお客さまにお越しいただいています。スタッフは、ドラッグで35名、調剤薬局で10名ほどです」と言うのは平野店 店長の赤星伸幸さん。
「この平野地区も高齢化は進んでいて、ご来店いただくのは50〜60代のお客さまが一番多いですね。70代以上の方も多くて、20代の方がより少ない状況です。生活に必要なものを幅広く取り揃えていてアイテム数だとおよそ10,000点ほどで、ドラッグはもちろん、雑貨も多くて、たとえば手押し車やグラウンド・ゴルフの用具なんかも揃えています」と言う赤星店長。事実、店内をひと回りすると、アイテム数の多さはもちろん、食品関係の充実度に少々驚いてしまう。「そうなんですよ、ドラッグストアなんですけどね (笑) 。特にウチではお肉、野菜、日配品も数多く取り揃えていますので鮮度管理には注意をしています」と笑う。聞けば、近くにスーパーマーケットはあるそうだが、やはり“ここに来れば必要なものが揃う”という、平野社長が言うところのaccessible (アクセシブル) を追求した結果、このようなラインナップになったのだそう。
管理栄養士と一緒に作る健康な毎日
サンキュードラッグが進める accessible (アクセシブル) の追求、つまり「“ついで”に健康になってもらう」取組みの一つが「スマイルクラブ」である。スマイルクラブは、専任の管理栄養士が会員個々のお悩みに応じて食事と運動のサポートをするもの。ここ平野店をはじめ9店舗で展開していて、会員数は約350人を数える。「病院には病気の方しかいらっしゃいませんが、お店では未病の段階からどんな方にもアプローチができる、予防から関われるのがポイントですね」と言うのは管理栄養士の古賀晴菜さん。管理栄養士とは、厚生労働大臣の免許を受けた国家資格で、専門的な知識と技術を持って、一人ひとりの健康状態に合わせて栄養指導や給食管理、栄養管理を行う専門職。「サンキュードラッグ ってかなり特殊で、ドラッグストアで管理栄養士の仕事をきちんとさせてもらえるんです。他企業では管理栄養士の資格を持っていても、いちスタッフとして働いている人も多いみたいです。と言うのも、栄養相談だけでは単独で採算を合わせることが難しいんです [註3]。ここでは、他のドラッグの売り上げと一緒に総合的に見てもらえるので『スマイルクラブ』が運営できています」とのこと。実際、サンキュードラッグ では現在17名の管理栄養士が栄養相談業務を専任として、その知識と経験を活かして地域住民の健康を栄養面から支えているそうだ。
[註3] スマイルクラブの会員料金は3か月 8,250円 (税込) ※歩数計レンタル料を含む。
現在、およそ30名の会員を担当しているという古賀さんによると「入会のきっかけは、皆さんいろいろあるんですが、一番はやっぱりダイエットですね。最近では筋力アップのカウンセリングも多くなっています。店頭で行っている骨密度の測定会がきっかけだったり、ウチは調剤のデータがあるので、薬を見ればその方の健康状態がわかるので、調剤担当の薬剤師から勧められてご入会される場合もあります」とのこと。「最近は、コロナ禍で十分に運動ができていなかったり、ちょっと食べる量が増えたりして体型の変化を気にされる方も多くて『でも何かやらなきゃ』とは思っているけど…という方の背中を押すというか、それぞれの身体や目的に合わせて個別のプログラムを作って伴走する感じです。まずは体組成を測定し日常生活をヒアリングします。だいたい、男性は動いているけどその分食べてる、女性は動いてなくて食べものばかりを気にしている場合がほとんどですね。週1回、月4回のカウンセリングが基本で、目標を達成していくにつれカウンセリングの頻度を少なくするような流れです。『ちょっと最近、お顔を拝見してないなぁ』って方には直接電話したりして、しっかり目標達成までご一緒しています」。
「スマイルクラブを運営することで、いわゆるロイヤルカスタマーと呼ばれるような、繋がりの深いお客さまを増やすことでできるので、店舗運営においても重要な意味を持ちます」と語る赤星店長。「スマイルクラブの会員の方だけでなく、お店に来ていただくお客さまのことを、いろんなスタッフが知っているんです。短い時間の会話から、いろいろな情報をいただいて、それが次の関わりを生み出しています。たとえば『最近、◯◯のお店が閉店した』と教えてもらえると、そのお店で取り扱っていたカテゴリの商品を増やしてお困りごとを解決できたり、コスメの担当ならば、お客さまの肌の悩みを聞かせていただいて、その原因となっている生活習慣の改善のご案内ができるとか。お店のあらゆる接点で、お客さまの隠れたお悩みを見つけ出す努力は、お店全体で取り組んでいます」。
「サンキュードラッグ のスタッフは、個々が強いというか、自分の役割をしっかりわかっている人が多いです」と古賀さんが続く。「レジのパートさんもすごいですよ。レジ打ちながら、お客さまと会話しながら、ちょっとした悩みを聞き出したりするのの天才!! (笑) 。ものすごく親しい感じで会話してるから、後で『お友だちがいらっしゃってたんですか? 』って聞くと『ううん、お客さんよ〜』って返ってくる。毎日ちょこちょこ溢れる出る情報を拾い集めて、自分で考えて『あの人、こんなことで悩んでいるみたいだから、今度診てあげてね』って情報をトスしてくれる。いわゆる“指示待ち”の人がいないんです。この連携ができるのはサンキュードラッグ ならではじゃないかなと思います」。
薬剤師がいたから在宅治療ができた、その存在を目指して。
サンキュードラッグ が作り上げた“半径500mの商圏”は、これまで見てきたように地域の方々に“来てもらいやすい”ことが特徴だが、逆に言えば「地域の方々のそばに行きやすい」という意味もある。そこで、サンキュードラッグ では薬剤師や管理栄養士による「在宅訪問活動」も積極的に展開している。在宅訪問活動とは、少子高齢化で増加する在宅医療・介護を支える活動で、地域のケアマネージャーや医師などと連携し、在宅療養中の患者さんを訪問し、薬にまつわる分野のサポートをするもの。「現在、サンキュードラッグ には100数十名の薬剤師が在籍していますが、店舗での調剤と在宅訪問活動を、それぞれに並行して実施しています。店頭で調剤の仕事をしながら在宅訪問活動をするのは、時間管理など大変な面もありますが、サンキュードラッグ を志望してきた薬剤師は、そもそもそういう仕事をするつもりで来ていますので、みんな責任感を持って取り組んでいると思います」と語るのは株式会社サンキュードラッグ コミュニティケア事業部 高橋俊輔さん。薬剤師であり、現場の薬剤師の仕事をしながら、サンキュードラッグ の薬剤師の在宅訪問活動を統括してマネジメントしている。
「皆さんがイメージする薬剤師って、調剤薬局で医師が発行した処方箋に合わせてお薬を出したり、ドラッグストアでお薬のアドバイスや販売をしているイメージですよね。実は、在宅訪問活動をしている薬剤師は全国的にも多いんです」と言う高橋さん。だだし、サンキュードラッグ の取組みは、少し異なるそうだ。「在宅医療の場合、一般的には、医師が往診して、投薬の必要性があると判断した場合、私たち薬剤師が処方箋に基づき調剤して、お薬を患者さんの元に配達します。医師の往診はだいたい2週間に1回なので、2週間たったらまたその繰り返しとなります。これだと薬剤師はただお薬をお渡ししてくるだけで、機能としてお店の窓口と違いはないです。在宅医療の場合で、果たしてそれで私たちの役割が果たせるのか? と考えたんです。自分で病院に行けない患者さんを、次の往診まで2週間、そのままにしておいていいのだろうか? 実は、令和元年に法律が改正され『薬剤師が、調剤時に限らず、必要に応じて患者の薬剤の使用状況の把握や服薬指導を行う』ことが義務化されました。薬剤師は、お薬をお渡しするだけではなく、お薬を渡した後のフォローを必要に応じて行うことが求められているのです。そこでサンキュードラッグ では、次の医師の往診の前に再訪問して、お薬の効果や飲み忘れの有無などを観察・確認して、その間に何が起こったか、どういう効果が見られるかを医師に報告する「往診前訪問」という取組みを行っています。こうすることで、初めて“お薬をお渡しした後のフォロー”が可能になり、場合によっては薬剤の変更や飲み方の変更などを提案することもあります」。往診前訪問は、サンキュードラッグ では、高橋さんが最初に始めたもので、それが他の店舗に拡がっていったのだそう。
“お薬をお渡しした後のフォロー”は、電話やSNSを活用して患者さんの服薬状況を把握することもできるが、なぜ、わざわざ訪問する必要があるのだろうか?「在宅医療の場合、患者さんの家の中での生活状態が大事なんです。薬をどう仕分けしてどこに保管しているか? どのタイミングでお薬を飲めているか? どこで寝て、どんな導線でトイレまで行くのか? 食事は誰が作って、どういう状態で食べているか? それらを知ることで、お薬の飲み忘れを防いだり、決まったタイミングで飲めるように改善することができます。たとえば、お薬にはその副作用で眠くなったり、手足に力が入りにくくなるものがあります。調剤時に口頭で注意を促すことはできますが、実際にお宅を訪問すると、移動する導線の“この”段差が危ないなとか、お薬を飲むのが台所のこの場所なんだけど、夕食前に服用する薬と夕食後に服用する薬が一緒に置いてあることとかに気が付くんですね。そういう状況が見えると、薬剤師として言えることが増えます。段差で転倒しやすいなら介護用品が必要ではありませんか? お薬ではなくリハビリが必要なんじゃないでしょうか? お薬の置き場所や飲むタイミングを変えて正しい飲み方ができるようにしましょうとか。在宅医療はチームで対応するものなので、薬剤師だけで解決するのではなく、ケアマネージャーに相談したり、医師と情報を共有したり、患者さんにとってより良いサポートができるように尽くしています」と高橋さんは語る。
高橋さんと話していると、平野社長が言う「地域の医療インフラになりたい」という視点とは、別の視点が見えてくる。それは医療従事者としての使命感と言えるかもしれない。「高齢化が進んで、在宅医療を望まれる患者さんが多くなっています。もちろん、皆さんいろいろな事情があるので、全員が在宅医療が受けられるわけではありませんが『薬剤師がいたから在宅で過ごすことができた』という、そういう存在でありたいなと思っています。北九州市は医療が充実していて、実際、人口10万人あたり病床数や介護施設定員数は福岡市よりも多いのですが、一方で“自宅での看取り”が少ないんです。亡くなるときは基本、病院。自宅で最期を過ごしたい、自宅に帰れなくて悲しんでいる、その方たちの状況を改善したいと思っています。病院に入院して治療を受けているときには元気がなかった人が、自宅に帰るとすごくイキイキする事例もあるので、それを知ってしまったら、なんとかしたいなと (高橋さん) 」。自分自身が在宅訪問活動をしながら、まだ経験の少ない薬剤師をOJTで指導しつつ、この取組み全体を統括するという、マルチタスクの多忙な日々を支える根幹が、垣間見えたような気がする。
在宅治療を決断した、家族の覚悟を支えたい
サンキュードラッグ 平野店と同じ敷地にある益田内科クリニック。院長の益田勝敏さんもまた、地域医療の担い手として日々力を尽くしている一人。在宅医療にも積極的に取り組んでいて、サンキュードラッグ の薬剤師とも連携をしている。「私の場合は、クリニックの一般診療をしながら、休憩時間に訪問診療をしています。基本は火曜日と木曜日の休憩時間の90分間で往診することになりますね。どうしても時間が限られてしまうので、できるだけポイントを押さえて短時間でたくさんの患者さんを診られるようにと心がけています。なので、事前にインプットできる情報はすべて欲しいんです。サンキュードラッグ さんが事前に患者さんを訪問されて、経過や状態の確認や、薬の反応や残薬情報などを把握して教えていただけるのは、本当に助かってます」と益田先生は語る。診療時間の合間をぬって、それも昼休憩の時間を使ってまで訪問医療を続けるのはどのような思いなのだろうか? 「コロナ禍で“かかりつけ医”が注目されるようになってますが、それは先生によってやり方があると思います。私は『ゆりかごから墓場まで』というか、最初はウチのクリニックに通院してきてた患者さんが、次第に通院できなくなってきて、じゃあ施設に入るか、病院に入院するかって判断を迫られて、それでも在宅治療を選ばれた患者さんですから、できる限り長い期間診たいと思うんです。来られなくなったから、それまでっていうふうにはしたくないんです。ずっと診させていただいてきた患者さんなら、なおさら放ってはおけない。わずかな時間しか作れないけれども、なんとか手助けしたいと思うんです」。
益田先生は言う。「在宅医療はチームワークが大事です。医師の目線、薬剤師の目線、訪問看護師の目線など、さまざまな視点で情報交換しながら総合的に対応する必要があります。在宅治療は、やはりご家族の負担が大きいんです。それでも (在宅治療を) 決断したご家族の覚悟を支えたいと思うんです。患者さんは、実は医者には本音を言えない場合も多くて、薬剤師や訪問看護師にはポロっと本音を言うこともあります。よくあるのは残薬がいっぱいある場合。処方されたお薬を飲み忘れて、たくさん残しているときは、患者さんからは医者にはなかなか言えないみたいです」。薬剤師の事前訪問の場合、仮に残薬が多いときは、「もしかすると飲みにくい剤型なのでは? 」と考え、同じ効果の薬でも、飲み方や形を変更する提案を医者にフィードバックすることも多いそうで、「多職種連携というか、一人の患者さんをいろいろな人が診るのは、在宅医療を成功に導くカギ」なのだそう。「私は、ほんとうにいち町医者に過ぎません。やれることも限られるし、もちろん患者さんから選ばれないといけない立場ですが、この地域の方々に健康面で貢献する、その責任があると思ってやってます」と、控えめに語る益田先生が印象的だ。
少子高齢化が進む北九州市で、地域医療のインフラになりたいー平野社長の戦略は、確かなデータ分析に基づくマーケティングがベースにあり、その戦略を実践する協力者や従業員の力が大きな推進力となっている。「事業戦略は『儲かるためにどうしたらいいか? 』って考えるとせせこましいのしか出てこないんですよ (笑)。原点は『人は何に困ってるのだろう、どうしたら嬉しいのだろう? 』って。人間の脳はね、そんなことを考えている時には活性化しますよ。まずは人が喜ぶことを考える。アイデアができる。人が喜ぶことだから売り上げは上がりますよ。そっからが問題、それをどう上手くやり続けるか。そこを工夫することで持続可能なことになります」。平野社長の言葉には、SDGsを推進しながら企業価値を高める、その大きなヒントが隠されているように思える。