SDGsなプロジェクト
九州の企業が取り組むSDGsプロジェクト
“いい会社”って何だろう? 事業を通じて生み出した価値を社会が求める価値へと変換した業務用家具メーカー。
株式会社アダル
株式会社アダル
住所 : 福岡県福岡市博多区金の隈3-13-2
TEL : 092-504-4141
https://www.adal.co.jp
企業が取組むSDGsで重要度を増す「パートナーシップ」
SDGsについて理解や議論を深めていくと【ゴール17 | パートナーシップで目標を達成しよう】の重要性に気付かされることが多い。SDGsが掲げる17のゴールの実現には、地域や専門家、企業、政府などが一体となって協力することが必要で、だからこそ地球規模の課題解決にチャレンジすることができる。パートナーシップは、国と国の連携だけでなく、企業と行政、企業と地域など、企業が主体となって展開することもあり、企業が取り組むSDGsの側面から見ても非常に重要な要素である。特に自社の商品やサービスが“目に見えない”業態で、人・もの・コトの関係性を構築することをおもな事業としている企業 (金融機関などがその代表例) では、自社だけでSDGsの目標を達成することは困難で、行政や地域、企業などとパートナーシップを構築し、協働で目標達成にチャレンジすることが求められる。ゴール17におけるターゲットを見ると、資金調達や技術開発、能力の構築に関する協力体制づくりや、貿易や政策など制度的な連携など、幅広い要素でターゲットが設定されているが、企業にとっては【ターゲット17.17 | さまざまなパートナーシップの経験や資源戦略を基にした、効果的な公的、官民、市民社会のパートナーシップを奨励・推進する】が特に重要で、このターゲットが設定されているからこそ、SDGs推進に本格的に取り組むことができると語る経営者も多い。
企業が結ぶパートナーシップはさまざまで、投資家、行政、地方自治体、民間企業、学生など、それぞれの強みを活かしながら、イノベーションを起こしたり、市場を拡大したり、新規事業にチャレンジしながら、社会課題の解決を事業化している。今回ご紹介する株式会社アダル (以下、アダル) もパートナーシップにより成果を上げている企業のひとつで、福岡に自社工場、中国に提携工場を構え、椅子やテーブルなど業務用家具の企画・提案・設計・製造・販売を行っている。オフィスや飲食店、医療機関などを顧客とした業務用家具メーカーなので、提供するサービスは幅広い分野をカバーするというよりも、高い技術力とクラフトマンシップに支えられた“深く狭い”事業。しかし、さまざまな企業や団体とパートナーシップを結ぶことで、自社の強みを社会課題解決に活かすチャレンジを進めている。
社会に必要とされる会社であるために
「アダルは創業が1953年 (昭和28) なので、今期で創業70周年を迎えます。これまでを振り返ってみると、決して自分たちが作りたい家具を作って売ってきただけの歴史ではなく、多くのお客さまに支えられて、お客さまの想いに応えながらやってきた歴史だと言えます。企業は基本的に継続していくことが大事で、じゃあ、アダルの事業が継続できるように未来を展望したときに『ずっとお客さまに必要とされるサービスを提供し続けること』が大切だと考えています。ただ、それをどう表現するか? 社員やお客さまとわかりやすく共有できる表現の仕方って何だろう? もう少し具体的に肌感覚で捉えられないかなと考えていたんです」と話すのは アダル 代表取締役社長 武野 龍さん。「そこで『100年企業を目指そう』というキーワードが適切かなと思ったんですね。100年企業になるためには“社会に必要とされる組織体”でなければなりません。私たちには、自分たちの事業の価値を理解しつつ、お客さまが求めるものに応えてきたという自負がある。このスタンスは変えず、社会に必要とされる企業であるために何をすべきか? そんなことを考えていた頃に、SDGsが世の中で語られ始めてきた。少し詳しく学んでみると、SDGsの17のゴールを全部達成できる企業は、それこそ社会から必要とされる企業だなと。ならば、これを羅針盤と捉えて、自分たちができることってなんだろう? って考えたんです。 だた単純に『 (今期は) 事業で利益が出たから世の中の良いことに寄付します』ではなくて、SDGsに描かれた世界観を、自分たちができることに一つずつ言葉で置き換え、具体的な行動で置き換え、社員にとって一番わかりやすく実感できる部分から始めてみようと」。この武野さんの話は、企業がSDGsに取り組む理由を端的に表している。SDGsを社会的に必要とされる価値の指標とし、自社の強みを活かしながら社会課題解決にチャレンジすることで、5年後、10年後の自社の未来を切り拓く。SDGsを活用して自社の持続可能性を高める好事例である。
武野さんは話を続ける。「私たちは、モノを作る会社なので、もちろんエネルギーを使うし、ゴミも出す。商品開発の過程で作った試作品は廃棄しなきゃならないし、木を削って粉塵も出すし廃材も出す。それがあまりに“もったいない”。それは社員にとって肌感覚でわかりやすい社会課題なので、まずはそこで何ができるだろうと考えました。その結果、商品が強靭でロングライフなものになるように設計を工夫することとか、製造過程の残材を家具内部の補助部材として再活用したりノベルティグッズにアップサイクルすることとか、そんな具体的な取組みを行うようになりました。だから、ことさらに『SDGsに取り組もう』というのではく、社員にもお客さまにもわかりやすく、自分たちができるところから始めて『100年企業を目指そう』というのが基本かなと思います」。そんなアダルの取組みの中から具体的な事例を取り上げてみる。
アダルが世に送り出したモデルの一つに、デザイナー蒲原潤氏による「リンクラウンジ」という椅子がある。90年代初頭に設計されたもので、現在に至るまで長く愛され続けている名品の一つ。アダルでは、2023年1月、大川市の井上企画と協働で、木材活用率100%を目指すプロジェクトを立ち上げ、同年4月「リンクラウンジ2.0」を発表した。これは「リンクラウンジ」のデザインを活かし、広葉樹の廃材を活用した木粉と樹脂を混ぜた粒状素材 (ペレット) を原料に、3Dプリンターで部材を形成した製品だ。この新しい生産方法では、従来のような大規模な設備は不要で、木端材から作られた木粉と3Dデータがあれば1台から製作が可能となる。この取組みは、アダルがサステナブルなモノ作りにチャレンジする姿勢を象徴するもので、まさに社員にもお客さまにもわかりやすい“自分たちができること”と言える。
“いい会社”が意味するものとは?
ところが「社会に必要とされる会社」を意識していくと、逆に“足りないもの”も見えてきたそうだ。「私たちの商売は業務用家具の製造・販売なので、リピートが大事になります。お客さまの願いとか想いに一生懸命に応えようと頑張れば『また頼むね』って言ってもらえる。それを積み重ねてきたのがアダルの歴史です。時代の移り変わりに応じてお客さまの欲しいものが変わっていく中、そこに必死に応えてきました。ただ、その結果として事業領域が多岐にわたってしまうというか、商品開発や製造だけでなく、マーケティングや企画、メンテナンスなどさまざまな得意分野が生まれました。じゃあ、私たちの一番強いところは何か? それが自分たちにもよくわからない一面があるなと。アダルに属して、アダルが好きって言ってくれる社員は多いけれど、じゃあ『アダルって会社は何が一番誇れるのか? 』って問うと、みんな答えがバラバラだったり、はて? と考えちゃうことが多いんじゃないだろうか。もしかしたら私たちには、社会に対して“こんなことやってんだぞ”って自負すること、誇れることが足りないのかも? と少しづつ感じるようになってきたんです」と武野さんは言う。
「そこで、私が意識してきたことを改めて思い返してみると『自分たちの子どもや孫たちにも勤めてもらえるような会社でありたい』ってことなんです。そのためには“いい会社”でないとダメです。自分の親が働く姿を、直接的にも間接的にも見て育ってきた子どもたちが、自分も親のようにアダルで働きたいって思ってくれる ーそれはとても難しい課題ですが、私はそこを目指したい。じゃあ“いい会社”って何でしょう? もしかすると、社会に対して貢献していること、社会に対して“こんなことやってんだぞ”って誇れることを持っている会社が“いい会社”なのかもしれません。私たちはこれまで、業務用家具という(お客さまの) 経営資源を通じてさまざまな価値を作ってきましたが、その価値を、お客さまの価値としてだけでなく、社会的な価値に変換して発信・共有できていないということかもしれません。アダルの未来を展望して『100年企業を目指そう』とすると、結局、“いい会社”って何だろう? って、とても普遍的なテーマに行き着いて、今は日々それを突き詰めていくことを意識しています」と武野さんは語ってくれた。
始まりは、1本の飛び込み電話から
福岡県三潴郡大木町、福岡ソフトバンクホークスの2軍本拠地「タマホームスタジアム筑後」にほど近い場所に、株式会社イケヒコ・コーポレーション (以下、イケヒコ) がある。国産のい草を使った家具やインテリアを製造・販売する国内屈指の企業で、1886年 (明治19) 創業という老舗。日本で育まれたい草文化を次世代に継承することを目的に、オリジナルのい草製品を生み出しながら、国内のい草産業の振興に寄与している。2016年 (平成28)、同社 商品部の井上陽揮さんはアダル宛に1本の電話をかけた。「い草を使った椅子を作れませんか? 」
「い草の魅力を多くの人に知ってもらうために何かできないだろうか? というのは当時も今も同じです。い草を使った商品と言えば畳が一番ポピュラーで、約1,400年前から人々の暮らしの中にありました。そんなに長く使われている素材ですから、人にとって良い素材であることは間違いない。ただ畳は下に敷くものだから、何か別の方法で (い草) に触れてもらえないだろうか? じゃあ立体にして“椅子”なんてどうだろう? そんな単純な発想で業務用の椅子を製造されているアダルさんに相談をしてみました」と振り返る井上さん。当時は、何のツテもなく、とりあえず飛び込みで電話をしてみたのだそう。
「井上さんからの電話があった翌日、当時の会長で現在は会長ファウンダーである武野重美から『畳の椅子を作るぞ』って突然言われて、最初は『何を言われているんだろう? 』って思いました」と振り返るのは アダル 経営企画部 経営企画室 室長 葉玉研治さん。当時の商品企画の責任者である。「それから1週間後には『とりあえずイケヒコさんのところに (会いに) 行こう』ってことになって、い草で椅子を作るプロジェクトが始まりました。国産のい草の特性として、消臭、湿度調整、空気清浄、リラックスといった効果があります。最初はその特性や畳のイメージから、和風の飲食店向けの椅子などをイメージしたのですが、企画チームでディスカッションを重ねていくうちに、い草 = 和風というイメージから脱却したいという構想が生まれました。そのあたりが、井上さんの『い草の魅力を多くの人に知ってもらいたい』という思いとリンクしたのだと思います。い草という素材の可能性を広げよう、畳からの脱却をしようというコンセプトで、モダンな色使い、シンプルなデザインに仕上げ、飲食店だけでなく医療機関やホテル、旅館向けのものにまで企画を広げることになりました。椅子だけでなくソファやスツールなど、さまざまなアイテムを揃え、2017年に『IGUSA』シリーズとして18コレクションほどを発売することができました」。
「い草の可能性を広げたい」という両者の想いが重なって、順調に立ち上がったプロジェクトだが、商品開発にはさまざまな困難もあったそうだ。「私たちにとっては初めての“業務用”なので、耐久性を担保できる素材作りに一番苦労をしました。特に難しかったのは“色落ち”の問題です。一般的ない草は、乾燥時間の短縮と保管中の劣化防止のため、収穫時に『泥染め』を施して、い草の表面に泥の被膜を作ります。ただ、長い間使っていくと、その泥が取れて色落ちや色移りの原因になります。いろいろ試してみたのですが、アダルさんが作る業務用で使うには泥染めをしない『無染土い草』を使うしかないという結論に至りました。ただ、無染土い草を作る農家さんは少なくて安定供給の面で不安が残ります。そこで、この『IGUSAシリーズ』用の無染土い草は、弊社で栽培することにしました」と語る井上さん。「染色堅ろう度 [註1] を高めるのには苦労しました。白い服を着ている人が座って (い草の) 色が移ってしまうと大きな問題になります。また、い草は天然素材なので、20個、30個と大量に作ると色の個体差が出てしまいます。その差異をどのように解消するかなど、業務用ならではの難しさがあります。それでも (イケヒコさんの) 熟練の職人の方々が天候や湿度などに応じて顔料の分量調整・配合をしながら染色してくれたり、わざわざ自社の田んぼで無染土い草を栽培してくれたり、私たちの細かい注文に真摯に応えていただいたので、本当にありがたかったです。これは国産い草のプロフェッショナルであるイケヒコさんしかできない仕事だと思っています」と葉玉さんは語る。
[註1] 染料などで染色された生地の抵抗性、いわゆる「色の変わりにくさ」や「色落ちのしにくさ」のこと
2016年に立ち上がったこのプロジェクトは、さらに大きな展開を見せる。「2018年になって、弊社では海外販路を開拓しようと言う機運が高まりました。国内は少子高齢化や市場の多様化・複雑化で、経済の先行きが不透明になって、今のうちに海外のチャネルを確保しておきたいと言う経営上の戦略です。海外と言ってもヨーロッパ、特にイタリアが主な戦略拠点となるのですが、弊社の製品でヨーロッパのお客さまに受け入れられるようなものがあるだろうか? 私たちらしいユニークな商品はないか?と考えたときに、自然と『IGUSA』シリーズが海外進出のための戦略商品になりました」と言う葉玉さん。「イケヒコさんと出会い、国産のい草のことを知り、1400年も前から日本人の暮らしの道具として使われてきた経緯を知り、これがまさにサステナブルの象徴なのだと痛感したんです。いわゆる従来型の“和風”というものではなく、今、まさに世界的に言われているサステナブルな暮らしや生き方について、はじめて全社的に考えるきっかけにもなったと思います。い草を活かす日本人の暮らし方や視点、自然との向き合い方を象徴する家具として、新たに『Look into Nature』というブランドで2019年『ミラノデザインウィーク [註2] 』で発表しました。来場者の方々には、特にい草の香りに対する評価が好意的でした。実は知らなかったんですが、イタリアのコルシカ島ではい草を栽培している地域があるみたいで、インテリアの部材として使う歴史があったそうです。また、い草は知らなくても畳は知っている方も多くて、今後の販路拡大に手応えを感じています」。
[註2] 毎年4月、イタリア・ミラノで開催される世界最大の家具見本市である「ミラノサローネ」と同時期に、ミラノ市内で開催されるデザインイベントの総称。これまで数々の企業や有名デザイナーが、先進的なデザインを発表してきた。
井上さんは言う。「日本の住宅で和室が減っていく中、畳に触れる機会が減って、い草の魅力を実感できる機会が減っています。私自身、国産のい草は素晴らしい素材で、い草の魅力を次世代に繋がねばならないと思っていて、それが行動原理です。い草に触れてもらう機会を増やし、い草が活用できる領域を広げていくことを日々追い求める中で、今回、アダルさんがい草にチャレンジしていただけたのは本当にありがたいと思っています。大量生産に向かない素材 (い草) を業務用家具として展開するという、い草の新しい世界を広げてくれました。さらに、日本人のサステナブルな暮らしをもう一度見直して今の暮らしに活かすという、新しい価値も生み出してくれました。本当に感謝しかありません」。一方、葉玉さんは先に紹介したとおり「いわゆる従来型の“和風”というものではなく、今、まさに世界的に言われているサステナブルな暮らしや生き方について、はじめて全社的に考えるきっかけにもなったと思います」と言う。事業領域が異なる両社が協業し、“サステナブルな暮らし”という新しい価値を生み出しているこの事例は、まさにSDGsの【ゴール17 | パートナーシップで目標を達成しよう】のお手本と言える。
「アダルにんにく」が作る未来について
2023年6月、暑い夏の訪れを予感させる気温と青空の下、アダル総合工場の裏手にある農場では、社員とその家族が集まっていた。「工場の裏手でにんにくの栽培をしていて、毎年この時期に収穫祭をします。社員とその家族の皆さんが集まってワイワイやってますよ」と言う武野さん。聞けば、2021年からこの場所でにんにく栽培を始め、秋の植え付けや初夏の収穫は社員とその家族が一緒にやっているとのこと。業務用家具のメーカーがなぜにんにく栽培に取り組んでいるのか? その経緯と目的を聞いてみた。「僕の高校の同級生で、化学肥料や農薬を使わない『微生物資材で育てる農法』にこだわって、安⼼・安全な野菜を育てている田原というのがいて、僕はもともと彼が作ったにんにくのファンだったんです。ところがある時、彼から『肥料で使っているもみ殻が手に入りにくい』という相談を受けたんです。彼が手がけている『微生物資材で育てる農法』は、畑に⽣えている草が枯れて⼟の中で⾃然発酵したものを肥料にするというやり方でした。ただ、多くの野菜を育てるためにはその調達が難しいという課題があったそうです。それで、もみ殻を使って同じ効果を得られる肥料作りを始めたのですが、大量のもみ殻を安定的に手に入れることが難しいと。そんな相談を受けて、じゃあ家具の端材 (おがくず) を発酵させてオリジナルの微生物を作って、それを肥料にできないかという話になったんです。弊社としても、廃棄する端材が無農薬野菜の肥料に転換できるのは、わかりやすい社会課題の解決につながりますので取り組む意味があります。それで試行錯誤を重ねて、家具の端材 (おがくず) に乳酸菌や米糠などを合わせて発酵させた微生物資材を作ることができました。ちょうど同じ時期 (2020年) に、わが社では総合工場を新設し、その敷地の一部を農地に転用できるという話になったので、じゃあ、(田原に) 栽培や育成のコンサルティングを依頼をして、家具端材を肥料にした無農薬にんにくを自社で栽培しようということになったんです。栽培は今季で3年目になりますが、収穫したニンニクの一部は、わが社のお客さまやお取引先にお中元として配っています。おおむね好評をいただいていて、中には『食材として仕入れたい』をおっしゃっていただく方もいて、非常にありがたいなと感じています」と武野さんは経緯を教えてくれた。
「僕がまだ一般企業で働いていたころ、2人目の子どもが生まれました。その子が母乳を飲んでアレルギーを発症したことで食の安全性について深く考えるようになりました。『自分たちが食べてきたものが身体に蓄積され、子どもたちをアレルギーで苦しめているのではないか』と。じゃあ、自分は安心・安全なものを探して買いに行く人になるか、それを作る人になるかと考えた時、作る側になろうと思ったんです」と田原さん。「それで、まずは週末だけの農家として野菜を作り始めて、安心、安全な野菜とは何か? を突き詰めていった結果、無農薬、無化学肥料の『微生物資材で育てる農法』に辿り着きました。そして2017年 (平成29) に脱サラして農業法人を立ち上げ、農業一本で生計を立てはじめました。今は糟屋郡で、にんにくや旬の野菜を栽培して、福岡市内のレストランなどに卸しています」と自身の経緯を教えてくれた。
「とはいえ、やはり無農薬、無化学肥料でおいしい野菜を育てることは、農法を確立させながら試行錯誤を繰り返す日々です。そんな中、高校の同級生とはいえ、 (武野が) いろいろと相談にのってくれて、こうやって家具端材で作った微生物資材を一緒に開発してくれたり、一緒に農地を作って管理できたり、パートナーとして楽しくやれています。もちろん、事業として続けているのでコストについてはシビアに詰められますけれど (笑)。 このアダルの農場も3年めに入って、にんにくの植え付けと収穫だけではなく、日常の管理についても社員の皆さんが少しづつ気にかけてくれるようになりました。今は、植え付けと収穫だけを社員の皆さんとイベント的にやっていますが、今後は日常的な管理に少しでも参加していただけるような体制が作れればと思います」。
田原さんの言葉を借りるならば「高校の同級生とはいえ」、武野さんはなぜここまで無農薬にんにく栽培に尽力するのだろうか? たしかに家具端材の有効活用は、アダルならではの社会課題解決の一つだが、さらに話を深めていくと武野さんの本来の想いが見えてきた。「これだけ世の中が多様化・複雑化していくと、不登校とか心の病気とか、家庭内に深い問題を抱えている人が数多くいらっしゃいます。弊社社員の子どもにも何人かいらっしゃるのも知っています。世の中にはさまざまな事情で一般的な就労が難しい人たちがいて、そうした方々の最後の受け入れ先の多くは農業にあるという話を以前から聞いていましたから、私は長年『いつか農業法人を立ち上げて、そうした人たちが安心して働ける場所を提供したい』と考えていました。そんな中、田原から肥料の相談を受け、無農薬で安心・安全でおいしいにんにくを栽培することが仕事にならないだろうか? たくさん作ったら家具端材も有効活用できるし、お客さまにも喜んでもらえる。田原の挑戦も少しはサポートできる。そうして、うまく事業化できたら数人は人が雇えるんじゃないか? それが、従業員の家族で病気で苦しむ人の受け皿にならないだろうか? 実は、そんな、私の中にあった課題の個々の点が一気につながったんです。それで、今回のにんにく栽培を、本腰入れてやろうと。今は、お客さまにお中元として配るのが精一杯ですが、いずれ事業化して、そういう役割を持った取り組みにしたいと思います」と武野さんは語ってくれた。
このように、い草を活用した業務用家具づくりの取組みや、無農薬にんにくの栽培を事業化する取組みに象徴されるように、アダルのさまざまな取組みは、まず「お客さまの求めるものに応える」ことから始まっている。そこで生まれた製品やサービスは、これまでは“お客さまと一緒に作った価値”だったと言える。ところが「社会に必要とされる会社」を志向しはじめると、その価値は“社会が求める価値”へと変わっている。い草を使った業務用家具を作ることは、日本が育んできたサステナブルな暮らしの魅力を再発見することになり、家具端材を使った肥料を作ることは、病に苦しむ方の新しい受け皿を生み出すことになる。これこそが、企業が取り組むSDGsの本質であり、企業の持続可能性を高める取組みと言えるのではないだろうか。