SDGsなプロジェクト

九州の企業が取り組むSDGsプロジェクト

介護にかかわる人をすべてハッピーにしたい! 介護事業を中心を置いた地方ベンチャーの挑戦

Last Update | 2022.12.27

ザ・ハーモニー株式会社

ザ・ハーモニー株式会社
住所 : 福岡県飯塚市上三緒49-1
TEL : 0948-26-4165
https://the-harmony.net

  • 働きがいも経済成長も
  • 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 人や国の不平等をなくそう
  • パートナーシップで目標を達成しよう

介護業界における人材不足

 厚生労働省が2021年7月に公表した「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要性について」によると、2023年度に233万人 (2019年度比+約22万人) 、2025年に243万人 (同+約32万人) 、2040年には280万人 (同+約69万人) の介護職員が必要になるとされている。少子高齢化が進み、介護を必要とする高齢者は増え続け、介護職員となるべき現役世代は減り続ける傾向は変わらないので、介護業界における人材不足は、今後より深刻度を増していくことが想定される。

介護労働安定センター「介護労働実態調査」より抜粋

 また公益財団法人介護労働安定センターが2020年に実施した「介護労働実態調査」によると、介護事業所における人材の不足感は、訪問介護員で約80%、介護職員で約65%、全体で見ても60%以上の事業所が人材の不足感を感じていることがわかる。不足している理由としては、約90%の事業所が「採用が困難である」と答え、その原因としては「他産業に比べて、労働条件等が良くない」や「同業他社との人材獲得競争が激しい」などが挙がっている。さらに、介護労働者の労働条件・仕事の負担に関する悩み等については、「人手が足りない」が 52.0%で最も高く、次いで「仕事内容のわりに賃金が低い」が38.6%で、介護労働者自身の悩みに関しても賃金よりも人手不足が大きく上回っている。 
 同センターが2018年に実施した「介護労働実態調査」では、65歳以上の介護労働者の割合は12.2%で全体の1割を超え、60歳以上では21.6%と全体の2割を超えている。年齢割合においては、40歳以上45歳未満、45歳以上50歳未満に次いで、65歳以上が3番目に多く、介護労働者そのものが高齢化しているのが実態だ。

介護労働安定センター「介護労働実態調査」より抜粋

介護はもっと楽しくなる

 今回ご紹介するザ・ハーモニー株式会社 (以下、ザ・ハーモニー) は、飯塚市、田川市、嘉麻市の3エリアで認知症専門の介護施設の運営を行っている若い企業。介護事業を地域の基幹産業に変え、地域を創生させることで課題を解決し、誰もが安心して過ごせる社会を創ることをミッションとして掲げている。深刻な人材不足と労働者の高齢化という課題を抱える介護業界にあって、介護事業を通じて地方の課題を解決し地方の元気を創造しようとする彼らのチャレンジを詳しく見ていこう。事業を通じて“在るべき社会への変革”を目指す彼らの姿は、企業が取り組むSDGsの好事例と言える。

ザ・ハーモニー株式会社 代表取締役CEO 高橋和也さん

 マンバン (お団子) ヘアにシャツもパンツもオレンジ色にコーディネートしたスタイルで迎えてくれたのは、ザ・ハーモニー 代表取締役CEO 高橋和也さん。およそ介護に携わる人のイメージからは想像できない出立ちは「僕はもともとファッションデザイナーなんですよ。地元は田川市で、高校を卒業した後、ファッションデザイナーになるため東京に出て、いわゆる業界大手に就職した後、イタリアに渡りました」と聞けば、なるほど合点もいく。よく見れば、使っているPCもオレンジ色、施設のソファもオレンジ色、施設の建物もチャコールグレーの外壁にオレンジをアクセントにデザインされている。「イタリアにはファッションの勉強のために行ったんですが、ちょうどビザも切れたし資金も尽きたので、一旦帰国するタイミングだったんですね。それで帰国して、もう一回お金を貯めてイタリアに戻るか、日本でアパレル関連で起業するか、そんな感じで実家に戻りました。8〜9年ぶりくらいに実家で両親と暮らし始めると、(両親が) 順調に歳をとって衰えが目立ち始めていることに直面するんです」と高橋さんは、これまでの経緯を振り返りながら話を始めてくれた。「もちろん、超高齢社会だとか地方創生の必要性だとか、そういうキーワードはトピックとしては知っていましたが、東京で暮らしている時は周りには若い人しかいなかったし…。でも実家に帰って暮らしてみると、それがリアルになったというか『ああ、こういうことなんだ』と腹落ちしたんです。衰えが目立つ両親を前に、じゃあ介護とか福祉とかどうすればいいんだろうって考えて。当時はまったく知らなかったので『この不安は無知から来るものだ』と思い、介護について独学で勉強を始めました。介護施設はボランティアを受け入れてくれるトコが多いので、東京、山口、北九州、久留米、福岡など十数箇所の介護施設に行って現場を見て『僕も両親を預けたくなる、自分たちも行きたくなる施設を自分でも作りたい』って思ったんです」。

 とは言え、ファッション業界で生きていこうとしていた若者がなぜ介護施設の運営へとシフトして行ったのだろうか? 「僕、学生時代からファッションのベンチャー企業でインターンさせてもらっていて、そこの社長とは距離感がすごく近くて、よくご飯に連れて行ってもらったりしてました。社長は『もし和也が自分のブランドをやりたいと思っているんなら、デザインの勉強だけでなく、経営の勉強をしておいた方がいいよ。俺は経営の勉強をしてこなかったから、今それで困っている』なんて話をしてくれていました。もちろん僕も経営のことなんて考えたこともなかったので『じゃあ、どうすればいいんですか? 』って尋ねたら『プレジデント [註1] って雑誌を読め』って言われて (笑)。それで読み始めると、ちょっと気になる社長とかを見つけるんですね。で、その人が書いた本とか記事を読んでいると『ビジョナリー・カンパニー』 [註2] って本に出会うんです。そこには、企業は利益を上げるためではなく理念を実現して社会を変革するために存在している。この本を読んでいるのは経営者や経営陣など忙しい人が多いと思うが、いますぐ読むのを止めて企業の理念についてしっかり考えなさいって書いてあるんです。じゃあ、自分が起業するとして、どんなことを大切にするんだろうかと考え始めます。いろいろと自問自答した結果、次の3つのことが出てきたんです。① まず、自分がやりたいことで情熱を持ってエネルギーを出せること ② それを行うことで周りに良い影響を与えること ③ 社会が困っていることを解決できる事業であること。この3つは、自分自身の中から出てきたもので、この3つを大事にしようって決めました。それが22歳とか23歳の頃です」。
 [註1] 株式会社プレジデント社が発行するビジネス誌。1963年創刊。ビジネスリーダーの指針となる経営戦略&自己啓発、リーダー学などを提供している。
 [註2] アメリカのビジネス・コンサルタントであるジェームズ・C・コリンズの著書世界を代表する企業の意思決定の歴史を振り返りつつあるべき企業像が語られている。1994年初版。

 高橋さんは話を続ける。「せっかく自分の芯になるようなものが見つけられたんですが、そこで僕はまたジレンマに陥ります。僕の周りに『着る服がありません』なんて人がいないってことに気が付くんです。ファッションは好きだし、情熱を持って取り組める事柄です。ただ、僕が考える“オシャレ”って、トレンドを追うことではなく、その人自身が貫いて信じているものを着ていることが一番カッコいいと思うんです。そんなジレンマを抱えて帰国して、実家に帰ってきて、親の衰えとか地域の衰退をリアルに感じて『これって、介護事業を中心に置いたベンチャー企業が地域にあったら解決できるんじゃないか? 』って思え始めたんですね。①超高齢に対応して ②地方で燻っている若者の雇用が確保できて ③介護の仕事は女性と相性が良いので女性の社会進出もできる、その3点を同時に解決できるんじゃないかって。今まで経験してきたことの点と点が繋がっていく感じがして、僕がこれまで体験し学んだことは、介護業界をもっとハッピーにするためだったんだって。それで一気に目の前が広がったというか、悩みが取っ払われた感覚に近いですね。だから2011年の12月に介護をやるって決めてから、翌年の4月にはソーシャルベンチャー企業としてザ・ハーモニーを立ち上げてました」。 

 ここまで一気に自分自身の物語を語った高橋さんを前に、すっかりその物語に引き込まれていることに気付く。自分が知らないこと分からないことを、自身の行動力を活かして学びと経験を積み重ね、“創りたい社会”の実現のために具体的な変化を起こす。これが、いわゆる人を巻き込む力なのかと感嘆するばかりである。「僕が、ボランティアで数十箇所の介護施設の現場を体験した時に感じたことなんですが『介護の現場はもっとハッピーにできるんじゃないか? 』って思ったんです。僕は、イタリアに行く前は昼はファッションデザイナー、夜は飲食業界でダブルワークしていて、僕が働いていた飲食はサービスに力を入れてる会社だったんで、ホスピタリティについてすごく学ばせていただきました。利用する人も居心地が良くて、従業員は居心地の良いサービスを提供できて、しかも働く人自身がやりがいと誇りを感じられるような、そんな介護を提供できるベンチャーを作りたかったんです」。つまり、マンバンもオレンジコーデも、チャコールグレーの外壁も、すべてが経営理念を具現化したロジカルなデザインなのだ。

黒い外壁にオレンジが効いた建物。ザ・ハーモニーが運営する認知症専門の介護施設「ローシャルリビング飯塚」

介護×テクノロジーが拓く新領域

 ザ・ハーモニーは、現在3つのエリアで認知症専門の介護施設の運営を行っている。認知症専門にシフトしたのは起業して数年が経過した頃なのだそう。「僕が最初に立てた事業計画は、めちゃくちゃ出店攻勢をかける計画で、それこそ10年で40施設開業みたいな計画を描いていました (笑) 。実際は3年が経過してようやく3施設。じゃあ、この計画との乖離はなんだろうって悩んでいた時に、いつもお世話になっているケアマネージャーさんに『なんでウチの施設を利用者の方に紹介してくれるんですか? 』って聞いてみたことがあって。そうしたら『高橋くんのところは認知症の方をむちゃくちゃ丁寧にケアしてくれるからね』って答えが返ってきたんです。当時は、認知症の方に特化しているつもりは全然なくて、ただ『自分たちの親とか親戚とか大切な人に利用してもらいたい、自分たちが利用したい場所にしたい』って想いだけで運営していて。だから、利用者の方に“友だち言葉”を使わないとか、効率性よりも個別化を重視したいとか、そういった自分たちが大事にしていた姿勢が認知症ケアのセオリーと相性が良かったみたいなんです。自分たちが目指していた世界観が認知症ケアと重なっていたんですね。結果的にそれが僕らの強みと言える部分になって、そこから認知症専門にシフトしました」と語る高橋さん。「僕らは、介護にかかわる人をハッピーにしたい。認知症に困らない社会を実現したい。そのために何ができるのか? チームで考えながら進めています。その一つが介護の現場にテクノロジーを積極的に導入することです。僕は、現場だけで介護の課題は解決できると最初の頃は思っていたんです。解決できていないのはサービスの成熟度が足りない、ホスピタリティが足りないからだと考えていました。ところが、実際に施設を運営してみると、現場は慢性的に人材不足だし、それは超少子高齢で今後解決する目処はない。しかも介護は労働集約型の仕事。となれば、介護の現場にこそテクノロジーが必要になるんじゃないかって」。そう考えた高橋さんがチャレンジしていることの一つに、AIを活用した認知症コミュニケーションロボットの研究開発が挙げられる。

ザ・ハーモニー テクノロジー事業部 CTO 森洋輝さん

 そもそも「認知症コミュニケーションロボット」ってなんですか? その問いにしばらく言葉を探した後「認知症の方と楽しくお話をしてもらって笑顔を引き出す存在です」と答えてくれたのは、ザ・ハーモニー テクノロジー事業部 CTO 森洋輝さん。認知症コミュニケーションロボットの開発責任者である。認知症コミュニケーションロボットとは、簡単に言えば“会話をするロボット”である。一般的に認知症ケアにおいて会話は非常に重要とされており、会話の量が増えれば脳が活性化されると言われている。会話は対人のコミュニケーションだが、人手不足の現場では一人のケアにかけられる時間が限られる。そこで、テクノロジーの力で認知症の方の会話の機会を増やそうとするのが認知症コミュニケーションロボットである。ここまで聞くと、いわゆるAlexaやSiriを搭載したAIスピーカーをイメージする方も多いと思うが、実際は違う。

笑顔を引き出すためのチャレンジ

 森さんは続ける。「僕らのような若い世代はAIに話しかける行為に慣れてきたので、知らず知らずのうちに、ゆっくり、はっきり問いかけていますよね。でも、認知症の方はもうバリバリの方言 (笑) 。たとえば『天気はどげんね? 』ってなります。認知症コミュニケーションロボットの開発は、たとえ言葉が綺麗に聞き取れなくても、それをどう認識して質問者の意図に答えられるか? みたいなところから始まるんです。もっと具体的に言うと『いいよ』って言葉が、“OK”の意味の場合と“NO”の場合がありますよね。それは方言だったり、文脈だったり、個人の言い方のクセだったり、そういうレベルを拾いながら改良を続けています。あと、無音を検知したら何かアクションを起こすということも必要です。認知症の方が自分から話をされなくなると、それは不安の表れなんです。その場の居心地が悪いので家に帰りたいとか、そういう感情が生まれている状況です。そんな状態の認知症の方のケアには、いつもより多くの手間とマンパワーが必要になる場合が多いんですが、そんな時は認知症コミュニケーションロボットの方から話かけたり、歌を一緒に歌ったりするんです。歌はすごく効果的で、認知症の方も精神的にも安定されるんですよ。認知症コミュニケーションロボットはあくまで“話し相手”なので、リアクションだけでは足りなくて、自分から話しかけて会話を続けていくことでその空間をハッピーなものにするという役割を担っています。これまでの認知症ケアで僕たちが大事にしてきたもの、ホスピタリティというか、居心地の良い空間とサービスを提供してきた経験を活かしながら、できるだけそれを認知症コミュニケーションロボットに実装できるように試行錯誤しながら開発を進めています」。

  • これが認知症コミュニケーションロボットの本体 (仕様は取材当時)
  • 認知症コミュニケーションロボットを見守りながら話す森さん

 さらに、認知症コミュニケーションロボットはソフト面だけでなくハード面も重要な要素である。「これまでの経験から、認知症の方の9割くらいからは『かわいい』と言ってもらえてます」という森さん。実際に実機を見せてもらうと、その姿は男の子のぬいぐるみである。オレンジ色のポロシャツを当然のように着ている。このぬいぐるみの中にAIの装置が入っている。「このコは、今は橙色の『だいちゃん』って名前がついています。もちろん自分が『だいちゃん』なのは認識していますので、『だいちゃん』と呼びかければ反応します。充電式なので、なんのコードも出ていませんので、どこにでも連れて行けます。これも現段階の仕様なので、どんどん微調整しながら改良していますが、たとえば目の大きさだったり配置だったり、重さだったり、いろいろと試しながら、どうやったら認知症の方にとって楽しい話し相手になれるのか改良の日々ですね。技術的なことで言えば、ぬいぐるみの中にAIの本体を入れることで音声の認識にノイズが入ったりとか、解決すべき課題は次から次に出てきます。ただウチは介護施設を運営していますので、多い時には週2回くらい現場に持ち込んで試験運用して具体的なデータを蓄積したり、最近では認知症コミュニケーションロボットだけを、他社さんの施設に納品させていただいて運用していますし、2023年初頭から東京23区、大阪、福岡で初回発売予定です。そこでのデータの蓄積も重要で、学習を重ねながら進化させています。認知症ケアでは記憶を引き出すことが効果的だとも言われていて、ただ、個人個人でどんなテーマの話が合うのか、当たり前ですが違うんですよね。記憶といっても、それが故郷の話なのか、自分が子どもの頃の話なのか、どんなテーマだと会話が弾むのかは文字通り十人十色です。なので、今は、“聞き取る・話す”というコミュニケーションの基本能力だけでなくて、いかにして“個人最適化”できるか? 認知症の方の、それぞれの個性に合わせた最適な話し相手になれるのか? そんな部分を目指して開発を続けています」と森さんは話をしてくれた。

ゲストのために何ができるか?

 先に挙げたとおり、高橋さんはザ・ハーモニーの事業を通じて、①超高齢に対応して ②地方で燻っている若者の雇用が確保できて ③女性の社会進出もできる、その3点を同時に解決することを目指している。続いては、その介護の現場で働くスタッフが何を感じ、何にチャレンジしているのか、より具体的に伺ってみる。取材に対応いただいたのは、ローシャルデイサービス嘉麻/ローシャルリビング嘉麻 マネージャー (管理者) 山本恭平さんと、ザ・ハーモニー ケア事業部 エリアマネージャー (統括管理者) 久保伸広さんの2人。山本さんは、ザ・ハーモニーが運営する施設のうちの一つ嘉麻の店舗の責任者。久保さんは、ザ・ハーモニーが運営する施設全体のマネジメントを統括する立場にある。
 「僕は、2021年の11月に入社したばかりなんですが、前職も介護の仕事に従事していたのでキャリアとしては10年になります。最初は飯塚の店舗で働いていたんですが、ノブさん (久保さん) から推していただいたのと、僕自身も施設管理者になりたいという希望もあったので、嘉麻の店舗にマネージャーとして配属になりました。嘉麻には『はじめまして』の状態で、しかも管理者としていきましたので、まずはスタッフとの信頼関係を構築するところからでしたね。ノブさんもサポートしてくれたので、なんとか走り出すことができました」と話す山本さん。「恭平さん (山本さん) は、介護福祉士なのでもちろん専門知識も経験も豊富で、なにより仲間を集めるのが得意なんです。自分の周りに一緒にがんばってくれる仲間が自然と集まってきて、良いチームを作ることができる人。飯塚の店舗で一緒にやっている時からそう感じていたので、嘉麻の管理者に推しました」と返す久保さん。その肩書きから、一般的には久保さんが上司、山本さんが部下の関係性なのだが、この2人には上下のベクトルはなく、お互いが支え合う横の信頼関係がはっきりと見て取れる。

ザ・ハーモニー ローシャルデイサービス嘉麻/ローシャルリビング嘉麻 マネージャー (管理者) 山本恭平さん

 とはいえ、いきなり管理者として配属された人がスタッフとの信頼関係を築くのは容易ではないはず。「僕は、自分が一番上 (の立場) って感覚がなくて、みんなで一緒に考えて課題を解決しようっていうのが基本なんです。経験不足からくる未熟さで介護技術やゲスト (利用者) との関わり方とかに悩んでいるスタッフがいたり、また経験があっても基本的な知識に裏打ちされたものではなく、ローカルの経験則に支えられているやり方をしているスタッフには、介護の基礎的な知識の話をして納得してもらったり、『こうしなさい」と指示を出すのではなく、一緒に話して考えて解決策を見出すことを細かく続けてきています。僕が嘉麻に来た最初の頃は、スタッフの会話の中にゲストのことで悩んだりすることが聞かれなかったんです。だだ、今は、スタッフがゲストについて、一人ひとりがしっかり知り、ゲストの個性や嗜好についてみんなで共有できるようになりました。僕はこういうチームを作りたい、ゲスト第一で動いて欲しいという想いは伝えましたが、『ゲストについて知りなさい』って指示をしたわけではないんです。そもそもザ・ハーモニー自体が、スタッフ一人ひとりが考えてチャレンジしてより良く改善する、周りもそれをサポートしてくれる環境や雰囲気なんですね。もっとゲストに楽しんでもらいたい。じゃあ自分たちには何ができるか? 一日の時間の使い方を決めて、みんなでチャレンジして、トライして、人数の配置やプログラムをみんなで考える。管理者の僕が一人で決めて指示を出すのではないんです」と山本さんは、日々の仕事の様子を語ってくれた。

クチコミで集まる若い世代のスタッフたち

 久保さんが続ける。「ザ・ハーモニーのスタッフは、20〜30代がほとんどで、男女比は若干女性が多いくらい。介護は初めてというスタッフも数多くいます。10年前に比べると介護という仕事が、若い世代にも少しづつ身近になっているように感じますね。特に自分の親のことを意識して、何かの時に自分が手助けできるようになりたいと考えて介護の世界に入ってくる人が増えているように感じます。たしかに介護業界全体で見るとウチは年齢層が若いと思いますが、資金を投じて採用募集をしているというよりもクチコミがほとんどです。どうやらウチのスタッフが、自分の友だちとか知り合いとかとの普段の会話の中で、自分の仕事について話すことが多いみたいで、それきっかけで『介護に興味を持ちました』ってウチに来る人がわりと多いんですよね。自分の仕事を友人に勧められる、堂々と胸を張って言えることが、ザ・ハーモニーのいいところの一つじゃないかと」。

ザ・ハーモニー ケア事業部 エリアマネージャー (統括管理者) 久保伸広さん

 「さっき恭平さんも言ったように、ザ・ハーモニーにはみんなで考えて課題を解決していく文化があります。ゲストも一人ひとり事情が違うし、ウチに来られている理由も違う。スタッフも一人ひとりスキルも違うしキャラクターも違うけれど『居心地の良い空間とサービスを提供したい』って想いだけは共有できる。だから、できるだけゲスト一人ひとりに合わせて何ができるのかを毎日考える。何か一つのルールの中に押さえ込んでしまうと、それは実現できないんです。一般的に言うと、介護の現場は、わりと決まったことをこなすことが多いんです。それは法律で決められたことでもありますし、運営面からすればやることを決めた方がスムーズな部分もある。きっちり決まったことをこなすのが好きなスタッフもいるでしょう。でもウチに来るスタッフは、それでも何か変えられるんじゃないか、その可能性を探していくことを自然とやっているんだと思います。そこを一つにまとめてチームとして機能させていくのがおもしろい部分だし、だからマネジメントの難しさがあります。決めた方が楽な部分もあるけれど、自由に考えた方がスタッフ個人の成長がみられる。どっちが良いとか優れているとかではなくて、考え方の違いなので、まあ、相性もあると思います。ただ、ザ・ハーモニーは代表の高橋があんな感じなんで、介護の現場でどういうサービスを提供するのが良いかは、自分たち自身が作り上げていくものだと思うので」と久保さんは語る。

 さて、お気付きだろうか? 山本さんも久保さんも、施設の利用者のことを“ゲスト”と呼んでいることに。「僕は、介護って、基本にあるのはおもてなしの精神だと思うんです。だから施設に来ていただくのは“お客さま”です。僕らは、ゲストの一人ひとりの方に『今日はココに来てよかった』とか『今日一日ココに来て楽しかった』って、どうやったら思っていただけるか。それに尽きると思うんです。だからゲストのことはできるかぎり知りたいと思うし、ゲストに対する言葉遣いとか対応とか、もちろん僕たち自身の服装とかも、より良いサービスを提供するためにふさわしいクオリティは必要だし、もちろん僕らだけでは実現できないので、地域の介護に関わる方々との連携を考えなきゃいけないし。それは、サービスを提供することを生業としている仕事と何も変わらないと思います。ただ、たまたま今、認知症の高齢者の方がゲストだってだけです。長い人生を過ごされてきて、仕事もリタイアされて、人生の最終盤をどう生きていくか? 僕らが、今そこに関われることの魅力、その幸せを感じています」と山本さんは言う。
 介護事業を中心を置いた地方のベンチャー企業、その挑戦はようやく10年を過ぎたばかりだが、地方の若者たちが自分自身の考えを活かしながら未来を切り拓く姿がそこにあるのではないだろうか。「地方の若者たちって、燻ってるだけでやる気がないわけじゃないんですよ。ただ、その場所では未来像が描けないだけなんです。僕は、ザ・ハーモニーを立ち上げる時に、どうせやるなら根本的な問題解決にしたい。この地域だけは認知症に困らなくなりましたって、それは嫌だったんです。どの地域でも再現できるものにしたいって考えたんです。じゃあどうするか? 全国のどの地域でも高齢者の方は生活されているので、介護は地域の基幹産業にできるって考えたんです。介護って仕事が残念ながら“大変でつらいだけの仕事”って思われている。じゃあ、仕事にやりがいと誇りが持てて、利用者の方をちゃんとおもてなしできるような、こんな介護の世界を描きたいです。だから一緒にやらない? って仲間を集めていった感じですね」と語ってくれた高橋さんの想いは、確実に実を結んでいるようだ。