SDGsなプロジェクト
九州の企業が取り組むSDGsプロジェクト
福岡の100年企業が切り拓く新時代の農園芸とは? 次の100年に向けて未来の種を“植える”。
株式会社welzo
株式会社welzo
住所 : 福岡県福岡市博多区博多駅東1-14-3 第2サンライト東口ビル
TEL : 092-433-4456
https://www.welzo.co.jp
日本の100年企業
一般社団法人100年企業戦略研究所のレポート『100年企業レポート vol.17 福岡編』によると、2020年において福岡県内で創業100年を超える企業は847社あり、全国13位の数。創業年の時代別でみると「明治後期」が最多で40.7%、「大正以降」31.6%、「明治前期」19.8%と続く。産業別にみると「貸事務所業」が最多 (27社) で、これは本業が好調時に不動産を取得し、その後本業が縮小したケースがほとんどとのこと。2位は「清酒製造」で22社。明治時代に酒造業の販路が拡大し、県の代表産業へ成長していった。3位は「土木工事業」で21社。九州の交通の要衝として交通基盤の整備などが進んだことや、明治以降の工業地帯の発展によるものと考察されている。企業が100年にわたり事業を継続できるのは、外部環境の変化に柔軟に対応しながらも、揺るぎない経営理念をしっかりと守り継承してきた結果だと考えられる。地球環境の変化や社会的価値観の変化がさらに激しさを増す現代において、暮らしや事業の持続可能性を担保するには何をすべきか? というSDGsの基本的な命題に対し、いわゆる100年企業の歴史や考え方を学ぶことは、大きなヒントを得ることにつながるのではないだろうか。
今回ご紹介する株式会社welzo (以下、welzo) は、1921年に肥料、飼料の卸業務で創業した100年企業のひとつ。複数の企業との合併や統合、子会社化を繰り返しながら事業領域を拡大し、2006年には株式会社ニチリウ永瀬に名称を変更。農業資材や家庭園芸用品、飼肥料原料を取り扱う専門商社として確固たる地位を築く。そして、新しい100年を展望し、2023年春、社名を株式会社welzoに変更した。100年企業がその歴史の中で培ってきたものとは何か? そして新しい100年に向けて始めたチャレンジとは何か? welzoのいくつかの取組みに触れながら、企業の持続可能性について考えてみよう。
多くの企業が直面する事業の持続可能性
「日本経済が活性化していく中で (業績が) 自然と良くなっていった100年だったと思います。自分たちの力というよりも、市場の経済の加速力でなんとか事業を維持できたと捉えています」。インタビューの冒頭、振り返ってみてこの100年はどんな100年だったのか? という問いに、株式会社welzo 代表取締役社長 金尾佳文さんは、そう応えてくれたがそれは意外な言葉だった。「もちろん、企業が100年続くというのはすごいことだと思っていますし、先人たちが遺してくれた恩恵は偉大です。ただ、あらためて振り返ってみると、港町で起業した地の利を活かせたことや、一次産業の拡大とともに肥料分野の取扱いが拡大してきたこと、園芸分野はホームセンター市場の拡大とともに弊社の業績が拡大してきたわけで、日本の農業や園芸の市場が拡大していく中、たまたま農業分野の問屋業をやっていたので、世の中の流れに乗れた、そんな感覚で捉えています」。
とは言え、その時流に乗れた理由もあるはずだ。「それは、いわゆる弊社の“強み”ということですね。具体的には、まず『園芸』の分野でいえば、私たちは問屋として、ホームセンターにある園芸分野の商品を多く取り扱い在庫をしているので、ホームセンターが必要な商品を店舗毎にピッキングして配送できる強みがあります。『農業』分野でいえば、私たちはいち早く有機肥料を手がけていて、有機肥料に関する知見も販売のスキルも長けている。それに、直接農家さんと取り引きしネットワークがあるからいろいろな課題に一緒に取り組める。『原料』の分野でいえば、たとえば尿素なんかは、国内の生産量と消費量が合っていない。消費量が倍なんですね。だから弊社が国外からいち早く輸入して需給バランスを取ることができた。弊社は農業や園芸の分野で、広く深く市場のニーズに応える能力があるんですね。それができたのは、企業の歴史として、合併や統合、子会社化を繰り返して事業領域を拡大できたことが一番大きかったと思います。結果的に、広く市場のニーズに応えられて、品質が良いものを提供できる体制が作れたことが私たちの“強み”と言えます」と金尾さんは言う。
「ただ、数年前に状況は一気に変わりました」と金尾さんは続ける。「少子高齢化については、80年代からいろいろな場面で言われてはいましたが、ここに来て、一気に影響が出てきて企業も社会もアタフタし始めたんですね。人口が減って (今までの) モノを買う人が減ってしまったとか、高齢者が増えて働く人が減ってしまったとか、今の商売を続けていく上で直接的に悪影響を及ぼす外部環境が現実のものになってしまったわけです。弊社は、これまで市場の拡大に呼応して業績を伸ばしてきた企業なので、このままだったら市場と一緒に業績は下がる一方です。だからと言って市場の縮小とともに一緒に縮小するわけにはいきません。市場が縮小していく中で、わが社は何をすべきか? もちろん、いきなり突拍子もないことはできないので、企業としての歴史を重んじながら、それをベースに何が作れるだろうか。ならば自分たちが持っている“強み”はなんだろう? 先人たちが培ったものはなんだろう? それをもう一回見直そう…という考えに至るわけです。農業・園芸の問屋として何万点ものアイテムを取り扱えて販売店に合わせてピッキングできる。肥料分野では直接農家と取引きして、農家とのネットワークがあるから課題解決に一緒に取り組める。肥料や原料の専門的な知見もある。じゃあ、その“強み”を活かして次のステップアップにつながるものにチャレンジしなければならない。奇しくも創業100年のタイミングで、わが社はそんな課題に直面したわけです」。金尾さんが語る課題は、まさに今、多くの経営者が直面していることで、決してwelzoだけの課題ではない。それこそ数多くの企業がSDGsを推進している理由にもつながる。ではwelzoが挑戦する次のステップとはどのようなものなのか?
強みを活かして農園芸の市場拡大を目指す
「ひと言で言えば『農業・園芸の市場拡大に挑戦する』ということになります。具体例を園芸の場合でお話ししますと、弊社はこれまでホームセンターを通じて市場に商品を供給してきましたが、園芸ってホームセンターと園芸愛好家の方だけのものでしょうか? たとえば、福岡の街角を歩くといろんな場所にプランターがあることに気が付きます。ヒートアイランド現象の緩和や省エネルギーのために屋上緑化に取り組む企業や団体も増えています。愛好家の方が家庭で楽しむ園芸だけでなく、市場やターゲットはもっと広げられる可能性があるんじゃないでしょうか。弊社は東京都新宿区立柏木小学校さんと協働で、小学校の屋上で野菜の栽培に取り組み、この屋上農園で使う種や苗、土や肥料といった園芸資材を提供しました。これは園芸が教育に活用できるという好例です。また、別の取組みとして、少子高齢化の社会課題解決のために高齢者の方と一緒にできる園芸事業はできないだろうか? と考えて、地域の福祉施設と協働で花壇を管理しています。高齢者の方の社会参画という意味で、園芸が社会課題を解決できる可能性が見えてきています。そうやって考えていくと、園芸の可能性は無限に広がるんじゃないだろうか? そこに弊社の問屋機能という“強み”を活かして事業化して市場を広げられるかもしれない。持っている武器を使って、新しい市場を拡大できないか? 社会課題を解決しながら事業領域を広げられるんじゃないか? その着眼点を持って新しいチャレンジを次々と具体化しているところです」と金尾さんは語る。
しかし、その視点や考え方は、経営者である金尾さんの頭の中にあっても、個々のチャレンジを具体化して、事業化するのは、現場で働く一人ひとりの社員である。経営者の考えを従業員に落とし込み、具体的に動きを変えるのは至難の業と言える。「まさにその通りです。企業として次のステップに移行するときに、一番重要で一番難しいのが社員教育です。今みたいな話は、たとえば私が朝礼で社員に向けて話をしてもまったく伝わりません。そんなことは経営者が考えることですから、それで当たり前です。そこでわが社では4種類の研修を始めました。その研修を通じて、ものの考え方や捉え方について、繰り返し学び、実践しながら、段階的に従業員の意識改革を進めています。単純に、今の目の前の仕事をやりこなすことではなく、自分の扱っている商品の可能性や仕事の意味を考える力を鍛えていくことで、農業や園芸の市場拡大のチャレンジに取り組めるようにサポートしています。それに加えて組織も変えました。社内における情報流通は、今まではお取引先から入ってくる情報ばかりでした。ただ新しいチャレンジを進めるには、基本的にはオープンイノベーションのマインドが必要だと考えました。そこで、いろいろなシーンにわが社の社員を登場させて、多彩な企業と情報交換していく、そういう新しい扉を開ける部署 (NEW BIZ DEVELOPMENT Sect.) を作りました。その部署では、弊社のいろいろな人材を発掘することができたし、現在取り組んでいるいくつかの新しいプロジェクトも生まれています。そのような取組みのおかげで、わが社の事業領域の間口がぐんと広がりました。これまでは商品を取り次ぐだけの問屋だったのが、自分たちの事業が社会課題の解決につながるようになってきたし、農業の就業環境を変えられる可能性すら出てきました。もちろん、それらの新しいプロジェクトを数字化する (事業化する) のが大切なんですが、そこで、収益を意識したときに自分たちの良さを見失わないことが大切だと思います」と金尾さんは語ってくれた。
さて、2023年春、社名を株式会社welzoに変更した件について。「先ほどお話したように、わが社が“強み”を活かして次のステップアップにつながるものにチャレンジすべく、大きく一歩を踏み出すにあたって、ちょうど創業100年の節目も迎えたし、今後の成長性を含めて意味を込めた名前に変えたいと思いました。ただ私が考えたわけではなく、社員から意見を募ったんです。それでいろいろ集まった中で『これでいきましょう』と言うのを社員に選択してもらいました。社員みんなが考えた『welzo』という言葉にはいろいろな意味が込められていて、新たに物事の種を『植えるぞ! 』という意思が込められています。他にもウエルビーイングの意味合いも含んでいたり、なにより、社員の意識改革に積極的に取り組んでいる中で、社員自ら、意思を持って新しい社名を生み出してくれたことが、本当に嬉しかったです」と振り返る金尾さんの笑顔が印象的だ。
高齢者と一緒に花壇を作る未来づくり
それでは、welzoが具体的に取り組んでいる“新しいチャレンジ”の数々を紹介する。まずは「高齢者と一緒に花壇を作る」未来にチャレンジしている「らく楽ガーデン」の取組みについて。取材に対応いただいたのはwelzo NEW BIZ DEVELOPMENT Sect. 坂ちぐささん。福岡市東区にあるアイランドシティ中央公園で待ち合わせた。「らく楽ガーデンの取組みには2つの狙いがあって、園芸を通して高齢者の方が“老い”を楽しめる社会を目指すことと、園芸を通して高齢者の方がいきいきと活躍できる社会を目指すことです。具体的な動きも2種類あって、福岡市内の福祉施設の敷地内で園芸を楽しむことができる専用キットを販売する施策と、今日のように街中園芸として、アイランドシティ中央公園、福岡市総合体育館 (東区) 、西部運動公園 (西区) の3か所で専用の花壇を管理する施策です。福祉施設の専用キットは野菜を育てるキットで、それこそ土、苗、肥料、支柱など園芸資材が一式入っていて、園芸に不慣れな福祉施設の場合はwelzoのスタッフが園芸の知識をアドバイスしながら一緒に育てています。また街中園芸では、公園のスタッフとwelzoのスタッフが協働で福祉施設の利用者の方をサポートし、専用の花壇の植え替えや管理を行っています」と坂さんは教えてくれた。なるほど、待ち合わせがアイランドシティ中央公園だったのは、実際に街中園芸の様子を見てもらいたかったからとのことで、利用者の方の楽しそうな笑顔と、大きな笑い声があふれる光景が印象的だ。「街中園芸では、毎回5〜7人の施設利用者の方に参加いただいています。認知症の方も多いのですが、常連さんもいたり、初めての方もいたり、皆さん楽しみにしている方も多いプログラムです。現状は、1つの福祉施設で月1回、1つの公園での実施なのですが、将来的には1つの公園に複数の福祉施設の方々をお招きして一緒に花壇のお世話をしながら、高齢者の方が施設の垣根を越えて交流できる場づくりを目指しています」とのこと。
たしかに「らく楽ガーデン」は、少子高齢化の社会課題解決に向けたwelzoの“新しいチャレンジ”だが、ポイントはボランティア活動ではなく事業活動であること。「まだ事業規模としては小さいのですが、福祉施設への専用キットの販売益と、街中園芸は福祉施設さんからいただく月会費が収益です。welzoはもともと園芸資材の卸売りをやっていて園芸に関する専門のノウハウもあります。その“強み”を活かして、超高齢化社会の課題解決につながる新事業を見出すためのチャレンジをしていて、『らく楽ガーデン』は福祉施設の方にヒアリングしながら検証し、ブラッシュアップを重ねているところです。他の都市に比べて若年層の人口が多いと言われる福岡市内でも認知症の方は増えていて、将来多くの方が認知症になる可能性があります。そんな中、園芸には大きな可能性があると感じていて、認知症の方が園芸をしている時に昔の記憶が戻る場合が多いんです。普段はあまり会話をしない方が、園芸の場面だと饒舌になる現場を、私も実際に見ているし、高齢者の方と園芸を繋ぐことに大きな可能性を感じています。今は (welzoは) 福祉施設だけとつながっている構造ですが、ゆくゆくは個人のお客さまとつながって市場を広げ、ご自宅にいても園芸を通じて楽しくリハビリができるような社会を目指しています。高齢者や認知症の方は、自分の世界がどんどん狭くなりがちですが、園芸を通じて新しい刺激が生まれて病気の進行を遅らすことができたり、福祉施設も園芸を通じてもっと社会とつながれる機会が増えたり、そうすることで高齢者の喜びが生まれる ーそんな社会を目指して、今は検証を重ねている途中です」と坂さんは語ってくれた。まさに金尾さんが話してくれた、NEW BIZ DEVELOPMENT Sect. の活動を象徴するようなプロジェクトである。
障がい者が自立して働ける未来づくり
続いて紹介するのは「障がい者が自立して働ける」未来にチャレンジしている株式会社サンアンドホープ (以下、サンアンドホープ) の取組みについて。先に紹介したとおりwelzoは、その100年の歴史の中で複数の企業との合併や統合、子会社化を繰り返しながら事業領域を拡大してきた。サンアンドホープは1997年 (平成9) 設立の家庭園芸肥料・家庭園芸用土メーカーで、現在はwelzoのグループ会社の一つだが、障がい者雇用を積極的に行ってきた歴史がある。「障がい者雇用については20年ほど前から本格的に取り組んでいて、現在では全社員60数名のうち約半数の社員が知的障がい者です」と話すのは、サンアンドホープ 常務取締役 製造部長 大山康彦さん。「きっかけは、当時の親会社の社長が『せっかく就業能力があっても (知的障がい者が) 働く機会がないのはもったいない』と痛感し、障がい者が自立して働き、より社会に貢献できる環境を自社で創造したいと考えたことが始まりです。そこで、北九州市の障がい者福祉窓口に相談し、障がい者雇用のための第三セクター方式の企業として動き出しました。最初は、私たちも何をすべきかわからないことばかりだったので、社会福祉法人 北九州市手をつなぐ育成会からスタッフに来ていただきサポートをいただいて、障がい者の能力にあわせて、肥料をパレットに積んだり箱詰めしたりする荷分け作業から始めて、次第に担当業務を広げていった感じでした。大切なのは、知的障がい者だからと言って彼らを必要以上に特別扱いしないことです。彼らは個々にできることとできないことの差があるだけなので、その能力に応じた仕事を担当してもらい、その仕事に個々に責任を持たせると、しっかりとプライドを持ってやり遂げてくれます。例として、こんな方もいます。最初の頃は、仕事を休みがちだった方で、自分の仕事に責任ができた途端にしっかりと勤務するようになり、今ではフォークリフトの免許を取って活躍しています。私たちが取り扱う商品はホームセンターに置いてあるものがほとんどなので、彼らが出かけた先で、ホームセンターに立ち寄り、自分が担当した商品が並んでいるのを見つけると、とても喜んで自然と歓声が上がります。彼らは、どうしても個人や家庭といった狭い世界で生きてしまいがいちですが、きちんと社会と関わり社会における責任を果たし自立していくために、わが社が彼らの役割と責任を支えてあげることが大切だと日々感じています。今や社会的な風潮もあって、障がい者を雇用する企業は多いけれど、(私たちのように) 障がい者がやりがいを感じて、働ける企業は少ないと思います」と大山さんは語る。
では、障がい者が自立して働ける職場づくりには、どのような工夫がされているのだろうか? 「基本は適材適所ですね。彼らのそれぞれの能力に応じた配置と、その中で個々に責任を持たせること。そうすることで、一般の社員とも、障がい者の社員同士でも、自然と仕事を通じたコミュニケーションが生まれます。それが次第に仕事領域からプライベートな領域に広がっていって、明るくて雰囲気の良い職場環境だったり、仲間としての当たり前の関係性が生まれます」と言うのは、サンアンドホープ 工場長 中村剛大さん。「入社してきたばかりの方には、最初からあまり具体的なことは教えません。まずは雰囲気を楽しくすることが大事です。楽しい雰囲気でないと仕事が進みません。仕事のやり方は、実は障がい者の先輩たちがトレーナーになって後輩たちに教えてくれます。それだけ彼らは、自分の仕事に誇りと責任を持っているんです。障がい者を雇用する現場では、たとえば1人の障がい者に1人のサポートを配置しなければ…とイメージされている方もいらっしゃるかもしれませんが、基本は彼らを特別扱いしないこと。ルールを決めてしまえば、皆それに合わせてしっかり仕事をこなします。ですから、今は6名の障がい者のチームを1人の一般社員がサポートする体制で、十分回していけます。ただ、現場での指示は、記憶ではなく視覚に訴えるようにしています。機械の操作方法など、彼らはどうしても記憶することが苦手な場合が多いので、大きな文字を使ったサイン看板を設置したり、段ボール箱に決まった数の商品を梱包する場合は、あらかじめ数字を書き入れた枠の中に並べてから梱包し直すなど、細かい工夫は必要ですが、それは決して特別なことではありません」。
ただ、サンアンドホープが、ここまで障がい者の自立を目的に事業展開できるのは、welzoとの関係性が良い影響を与えているとのこと。「私たちは、welzoが海外調達した原料を仕入れ、弊社工場で生産加工した商品をwelzoの取引先であるホームセンターなどに卸しています。いわゆる出口と入口が同じで、これが事業の業績を安定的にしています。もちろん弊社独自の営業による販売ルートもありますが、welzoを通じて販売することで業界のトレンドやお客さまのニーズなどの情報をいち早く商品開発に役立てることができるなど、他社との競争において大きな強みにもなっています。そのため、障がい者の自立を支援できる経営環境でもあり、また一般的には機械化やオートメーション化するような業務でも、彼らの活躍の場所を奪わないために、あえて手作業で行う業務のままで運用しています。本格的に障がい者雇用に取り組み、早いもので20年が過ぎましたが、障がい者の社員の高齢化も進んでいますので人材確保が直近の課題です。ここ数年は、一般の雇用市場では働き手不足が言われていますが、障がい者雇用も例外ではありません。私たちが本格的に取り組み始めた頃と比べ、障がい者を取り巻く環境が変化してきました。障がい者が一般の社員が行う仕事に適応することが認められ、企業側も率先して雇用するようになったことから、障がい者雇用においても人手不足なんです。ここ数年はコロナ禍もあり、求人募集する際はハローワークを通じて募集をしていましたが、昨年からインターンシップ制度を導入し人材確保に努めた結果、今年は、2名の新入社員を受け入れることができました。また、今後は障がいのある社員の中からリーダーシップを発揮できるような人材を育成し、今以上に、障がい者が自立して社会で役割を果たせるように、その支えとなる企業を目指していきます」と大山さんは展望してくれた。
安定して利益を生み出す農業の未来づくり
そして、最後にご紹介するのは「安定して利益を生み出す農業」の未来に向けたチャレンジである。welzoが育んできた営農に関するノウハウと九州大学が持つ農業分野におけるICTノウハウとの共同研究により、高齢化や担い手不足が叫ばれる就農環境の改善を目指す取組みだ。日本の農業経営体の数は、2020年の調査では約107万件で、2015年の調査から30万件ほど減少している。また、少子高齢化や都市部への人口集中の影響で農業の担い手が育たず、新規就農者の約4割は5年以内に離農しているとも言われる。この農業の担い手不足問題は顕在化して久しく、そのため、これまでもさまざまな自治体や企業、農業法人などがスマート農業の推進により、農作業の省力化やノウハウの共有による新規参入障壁の削減などに取り組んできたが、思うような成果につながっていないのが現状と言える。「農業の未来を考えたときにICTとの結合は不可欠ですが、それを推進するICT企業と現場の農家との間にギャップがあることも感じています。ICT企業がどんなに理想的な営農システムを提案したとしても、農業の現場は高齢化した家族経営の小規模法人がほとんどで、正直、そこまで“手がかけられない”んです。理想と現実のギャップ、つまり農家側からの情報が足りないんです」と言うのは、welzo アグリビジネス課 課長 尾崎剛教さん。このプロジェクトのwelzo側の責任者だ。「私たちは、長年にわたり農家との直接的なネットワークを構築してきたことで、農家側の視点に立つことができるのが強みです。ですから、このプロジェクトを推進するにあたり、より農家に近い立場で理想と現実とのギャップを埋める作業を心がけています」と話す。
一方で、九州大学側の実務責任者である九州大学 大学院農学研究院 教授 岡安崇史さんはこう続ける。「このような取組みを民間企業が行なっている事例は九州では少ないと言えます。若い世代で意識の高い農家で、これまでの勘や経験に頼るのではなく、データに基づいて営農に取り組んでいる方はいらっしゃいますが、まだまだ少ないです。ICT系の企業が農業への参入を進めている事例もありますが、本業ではないので、資金の投資から回収にかかる時間を容認できず撤退してしまうケースも多いですね。彼らはICTの専門家であっても農業の専門家ではないので、そこのギャップを埋めるのは難しいのだと思います」。逆に言えば、このギャップを埋めることに尽力することで、今回紹介するwelzoと九州大学の共同研究事業は、従来型のスマート農業推進プロジェクトとは、一線を画しているとも言える。
では、他のスマート農業の取組みと、今回のチャレンジとの大きな違いとは何か? 「農業の現場にICTを取り入れたシステムを構築するのはあくまで“手段”であり、本当に目指したい世界は安定した食料生産を実現させるために“ちゃんと儲かる”農業の実現なんです」と尾崎さんは言う。「たとえば、とある品種の栽培に関するノウハウをAIが学習し、圃場の管理業務をシステムが行うようになると、農家の省力化につながるし、ノウハウの共有が行われるので新規就農障壁も下がります。ただ、だからと言って、作った農作物が正当な価格で買ってもらえるかは、また別の問題です。せっかく手間ひまかけて作った農産物ですから、少しでも高く大量に市場では買ってもらいたい。ならば、市場が求めるタイミングと量、品質で供給せねばならず、『できたから売る』では、農家の利益は上がりません。そのために私たちのシステムが大切にしているのは“再現性”なんです。気温や日射量、降雨量などハウスの外部環境は目まぐるしく変わります。そこで、そのとき、植物は『何をして欲しいのか? 』を判断して対応できるようにする。予定していた品質と数量を確保し再現していくために、今、どんな対応をすべきなのか? そのためにAIを活用した学習が必要で、それを実施するICTのシステムが必要なのです。省力化のためではなく、刻一刻と変化する環境に即応し未来を再現するためのICTです。再現性が高まれば、市場の求めに応じた生産計画と品質の担保が可能です。つまり、従来の“作り手”発想ではなく“買い手”発想に基づいた農業生産につながるのです」。ちなみに、そのように臨機応変に判断して、未来を予測して圃場を管理するノウハウは、決して簡単に手に入るものではない。それこそ、長い間、圃場で農産物に向き合ってきたベテラン農家の知恵にこそ包含されている。そこで、このプロジェクトで大きな役割を果たしているのが株式会社ジャット (大阪府大阪市) という、welzoのグループ会社である。
「ひと言で言えば、農業生産のノウハウをしっかり持っているプロ集団です。肥料や栽培方法など高品質な商品はもちろんですが、一番の特徴は、彼らは日常的に全国の農家の圃場を回って、農家に寄り添い技術指導をしているという点です。学術的な知識だけでなく実際のフィールドで培ったノウハウを持っていますので、一人ひとりがベテラン農家から信頼される存在なのです。彼らのノウハウは農業の現場で培われたものでとても貴重です。そのノウハウや技術を継承するという意味でも、私たちのシステムは大きな意味を持つのではないでしょうか」と尾崎さんは語る。
農家と企業のギャップを埋めるwelzo、ICTのノウハウを持つ九州大学、現場で培われたジャットの営農技術、これらの資産を活かして、九州大学×welzo 共同研究農場にて、まずはキュウリの自動栽培システムの開発に着手、今後、施設栽培の野菜全般 (ナス、ピーマン、メロン、イチゴなど) に活用していく見込みとのこと。「このシステムは、トータル1パッケージではないんです。農家によっては『カメラだけは設置しています』とか『温度管理だけはシステムを入れています』など、ICT導入の状況はバラバラです。それら導入済みのシステムは活かしながら、必要なシステムを追加で導入し、それら全体をコントロールできる機能を加えることで、システムの導入コストを抑えることができます。これも農家の現場をシステムにフィードバックしている良い事例ではないでしょうか」と岡安教授は語る。「僕は、このプロジェクトは結果を出すのにあまり時間がないと感じています。すでに農家の高齢化は進んでいて、あと数年の内に多くの農家の方が引退せざるを得なくなる。そのくらい喫緊の課題だと思っています。ですから、このプロジェクトを早く事業化して維持できる状態を作らねばならないと思っています。事業化のスケジュール感は、3年のうちに研究農場の成果を出し、それを現場の農家さんと一緒にテスト。5〜6年でシステム販売に持っていきたいと考えています」と尾崎さんは展望してくれた。