SDGsなプロジェクト
九州の企業が取り組むSDGsプロジェクト
環境負荷の低い木造住宅の価値が再認識される中、木造住宅の未来を拓くために挑戦を続けるパイオニア。
健康住宅株式会社
健康住宅株式会社
住所 : 福岡県福岡市城南区別府5-25-21
TEL : 092-846-3000
https://kenkohjutaku-group.jp
唯一無二の社名に込められた変わらぬ想い
内閣官房や林野庁などが2020年10月に発表した『地域材の活用を通じたSDGsの推進について』には、森林資源に恵まれた日本において、森林資源、特に地域材の積極的な活用がSDGs推進に大きく貢献すると提言されている。そもそも木材は大量の二酸化炭素を固定化できるので [註1] 建物を木造化することは都市部における「炭素の貯蔵庫」づくりに繋がると言われている。また地域材の活用は外国材よりも輸送時のエネルギー消費が少なく、最終的に“土に還る”循環資源につながる。加えて、地域材の活用は地域の森林保全による土砂災害の減少や、森林が育んだ水が流域河川に流れ込むことで海洋環境の維持につながり、森林資源を抱えた地域の里山経済の活性化も期待できる。
SDGs推進がさまざまなクラスターで具体的な活動として顕在化し、環境保全意識が社会的に高まるにつれて、このような理由から木造住宅の価値と将来性に注目が集まるようになっている。今でこそ国内の住宅メーカーはこぞって自社製品の環境性能をアピールしているが、今から25年前に、環境にやさしく身体にやさしい、住む人の健康を第一に考えた家づくりを追求する住宅メーカー、つまり今回ご紹介する健康住宅株式会社 (以下、健康住宅) は創業している。健康住宅は、1998年 (平成10) の創業以来一貫して“高性能住宅”の有用性を訴求し、断熱性や気密性、耐震性に優れ、環境性能の高い木造住宅を提供し続けている。創業当時は、そのような住宅を提供する競合が皆無だったことから「高性能住宅の歴史 = 健康住宅株式会社の歴史」と自負する当社。その歴史や思想、具体的な取組みに注目してみると、木造住宅の価値と未来が見えてくるように思える。
[註1] ⽊材は、森林が光合成により吸収した二酸化炭素を貯蔵しており、その⽊材を使った建築物は木材が吸収した二酸化炭素を長期間固定化すると言える。木造住宅の建築促進は「都市等における第2の森林づくり」として地球温暖化防止への貢献が期待されている。
“紹介受注40%超”が示す高性能住宅の魅力
「弊社は『SDGs宣言』を住宅会社の中では国内で2番目に早いタイミングで公開していると思いますよ」と言うのは健康住宅株式会社 代表取締役社長 畑中 直さん。「SDGsについては、お取引き先企業の方から『SDGsってご存知ですか? 御社がこれまでやってこられたことに相当合致しますよ』って教えてもらったのが最初です。それでSDGsについて調べてみると、たしかに私たちが創業時から言い続けてきたことそのものでした。私が2010年 (平成22) に出版した『性能の良い外断熱の本』にも書いていますが“日本の住宅60年説”というのがあります。日本で一般的な木造住宅を建てる時に使う木材と同じ量の木材を再生させるには60年かかります。だから60年以上長持ちする木造住宅を建てる限りは地球環境を破壊しないわけで、そういう長持ちする木造住宅を普及させることが大事だと訴えてきましたし、そんな住宅を提供してきました。少し具体的な話をすると、健康住宅では、住宅の構造や強度に影響する1棟当たり100本~150本の材木はすべて国産の檜 (ひのき) を使用しています。最低60年長持ちする家に使う材木は、強度がいるし、腐れにも強くないといけない。1300年間あの威容を保つ世界最古の木造住宅 [註2] は、実は“総檜造り”なんです。檜には、虫が来ない、香りが良いなどメリットは多々ありますが、高額なためメジャーな素材ではありません。杉は植林してから30~40年で収穫が可能ですが檜は植林してから収穫までに50~60年を要することも高額である理由の一つです。しかし、育つスピードが遅いので木目が詰まっていて、シロアリにも強いのです。檜は日本と台湾にしか生息しない、日本が誇る世界の樹木です。にもかかわらず、九州の木造住宅の90%以上は杉材です。たとえ高額でも私たちは檜にこだわって住宅を建てます。そういうことを積み重ねてきたから、SDGsに対する理解が早かったんだと思います」。
[註2] 世界最古の木造建築として知られるのは奈良県にある法隆寺。607年 (推古15) に推古天皇と聖徳太子が開いた寺。『日本書紀』によると670年 (天智9) には落雷により焼失するも再建されたとも言われる。
畑中さんは話を続ける。「健康住宅の高性能住宅は断熱性能に優れたトリプルサッシを使っています。『家の中の温度を外に出さない』とか『家の外の温度を中に入れない』とか言うのは、窓の性能がとても重要で、弊社はその性能が極端に良いんです。もちろん一般的なサッシに比べて高額なんですが、健康住宅ではそれが標準。だから弊社のキャッチフレーズである『夏はヒンヤリ 冬はぽかぽか』を実現できる住宅を提供できるんです。毎日の暮らしの中で光熱費を抑えることができるからエネルギーを使わなくて済むし、ランニングコストが安いから結果的に長く住める。先ほどお話しした檜のこともそうですが、私たちは民間企業だから営利団体ではあるけれども、高性能住宅を提供できるベストな手段がそこにあって、自分たちにある程度の利益が確保されるならベストを選ぶ。高額な檜だったり高性能トリプルサッシだったりを選ぶのは、1円でもコストダウンをして我々の利益を確保する幸せよりも、お客さまに感動していただく幸せを追求したいと考えているからなんです。それが私たちの理念でもあり、大切にしていることです」。健康住宅の理念は“『正道を行く』私たちは「お客様への感動の提供」を経営の機軸とし 社員全員で「物心両面の幸せ」を追求します”と定められているが、畑中さんの言葉からは、その家づくりの細部にまで経営理念が浸透しているのがうかがえる。それを証明しているのが入居した後のオーナーたちの顧客満足度の高さ。聞けば、健康住宅では紹介受注が毎年40%を超えているそうで、一生に一度の買い物となる住宅、しかも戸建ての注文住宅において、それだけ多くのオーナーたちが健康住宅で家を建てることを、自信を持って他人に勧めることができるということなのだ。
大工不足を解決する「社員大工」制度のパイオニア
このように、環境負荷の低い木造住宅に注目が集まる一方で、問題となっているのは担い手の不足である。総務省が公表した国勢調査によると、2020年の職業分類「大工」の人口は297,900人で前回調査 (2015年) から15.8%減少し、前々回 (2010年) からは25.9%減少で、この10年間で10万人以上が減少している。加えて高齢化も進んでいて60歳以上の割合が43%、30歳未満の割合が7%と、次世代を担う若手大工の割合が極端に少ない。日本全体で少子高齢化が顕著とは言え、大工人口の減少と高齢化はもはや「待ったなし」の課題と言える。
この大工不足解決のために、国内の住宅メーカーや公務店では「社員大工」を雇用する動きが出てきている。社員大工とは、将来一人前の大工として活躍できるよう、大工希望者を社員として雇用し、給与を支給しながら職人として育成する仕組みで、自社住宅のコンセプトや技術に精通した大工を養成できるとともに、若年層の入職を拡大し大工人口の増加も期待できる。企業としては、一人前になるまで給与を支給し保険料を負担する、いわば投資を行うことになり、安定した経営基盤が必要となる。「社員大工の制度は12~13年前から取り組んでいて、おそらく福岡では弊社が初めてじゃないでしょうか。当時から将来は職人が足りなくなり、高齢化が進んで大変なことになるのがわかっていました。それをどうにかしないといけないと考えて社員大工制度を始めました。大工はもともと丁稚奉公の厳しい世界。それを会社がきちんとお給料を出しながら最初から育成するわけで、そりゃあ会社は大変ですよ (笑) 。それでもウチのコたちはみんながんばってくれていて、現在12名の社員大工がいて、うち棟梁が7名、女性大工も2名います。ついでに言うと、弊社では女性の活躍も進んでいて、現場監督が全社で11名のうち女性が2名、営業職で言えば3分の1は女性ですね。住宅とか建設とかの業界は、どうしても“男の仕事場”のイメージが強いのですが、女性が活躍する会社が当たり前の業界になればいいと思います」と畑中さんは話してくれた。
お客さまから“指名”をいただける大工を目指して
そんな畑中さんの話を受けて、早速、女性の社員大工さんが活躍する現場に会いに行ってみた。出迎えてくれたのは社員大工の三島美佳さん。人懐っこい笑顔が印象的だ。「私は、大工として入社して5年目になります。まだ見習い中ですが、丸5年、現場で学ぶと棟梁へ昇格できるチャンスをもらえるので、来年は棟梁になれるようがんばっているところです。もともと小学生の頃から大工さんになりたくて、それで工業高校に進んでみたものの、実際はどうやったら大工になれるかわからなかったんですが、高校卒業前に求人誌を見ていたら健康住宅で大工を募集していたので、『これだっ! 』って思って応募して面接を受けて採用になりました。ただ、まわりに大工になりたいってコがいなくて、なかなか同じ目線で相談できる友だちはいなかったんですが『大工になりたい』と言ってたのはみんな知っていたので、成人式の時に再会して『今、大工やってる』って言うと、みんなから『よかったね! 夢を叶えたんだね』って言われて、すごく嬉しかったのを覚えています」と三島さんは教えてくれた。
では具体的に社員大工とはどのように仕事を覚えていくのだろうか?「基本的に一人の親方について、その親方の現場でいろいろなことを覚えていきます。私の親方は、健康住宅の仕事も請け負っている外部の親方で、親子でされているので実質は2人の親方に鍛えてもらっています。これまでに30棟くらいの現場に入りましたが、具体的な技術は現場の仕事を通じて教えてもらうので、少しづつ“できること”が増えていくのはやっぱり嬉しかったです。親方は、別に怖くはないですよ (笑) 。もちろん職人の世界なので厳しいんですが、一つひとつ丁寧に教えていただいています。よく言われるのは『次の段取りを考えて動け』ってことですね。家を建てるのは、大工だけでできるわけじゃなくて、現場を仕切る現場監督の下、基礎工事とか電気工事、断熱や内装工事などたくさんの業者が関わってくるので、自分の仕事が次の段取りでどう影響するのか? 次の人の仕事をスムーズに進められるように、いま何をしなければならないか? ということをいつも考えて仕事をしています」。
そんな三島さんに、将来はどんな大工になりたいか? と聞いてみると「お客さまから指名をいただけるような大工になりたいです」と返ってきた。一生に一度の注文住宅なので、お客さまの多くは初めて家を建てる人がほとんどのはず。そんなお客さまからどうやって指名をもらうのだろうか? 「健康住宅で家を建てるお客さまは、健康住宅で家を建てたオーナー様からのご紹介の方が多いんです。だから、家を建てた時の棟梁のことをご存知のお客さまも多くて、中には『○○さんに建ててもらうと安心ですよ』とアドバイスをされるお客さまも少なくありません。それで、ご紹介を受けたお客さまから指名される棟梁がいます。実際、健康住宅には私の他にもう1人女性大工がいて、その方は棟梁なんですが、すでに何回も指名をいただいています。私も、お客さまが実際に住んでみて『やっぱり (健康住宅で) 良かった』って言っていただけるような家を建てたいと思っています。自分の持てる技術を活かしてお客さまに喜んでいただいて、それで次のお客さまにもご紹介いただけるような、そんな家を建てるのが一番の目標です。まだまだ見習いなのですが、将来、棟梁になって最初の一軒をお客さまにお引き渡しした時、初めて“一人前”になったかなって思えるんじゃないかなって思っています」と三島さんは将来の夢を語ってくれた。
三島さんと話していると言葉の端々にお客さまを大切に思う気持ちが感じられる。その想いの表れの一つが「現場の美しさ」だ。健康住宅の現場が美しいのは、三島さんだけでなくすべての大工に徹底されている。「現場をいつも清潔に整理整頓しておくのは、その方が仕事が早く進むし、事故が起きないからというのはもちろんですが、建築中の現場にはお客さま (施主) や家を建てることを検討中の方なども来られます。お客さまによってはかなりの頻度で来られることもあって、いろいろなお話をするだけではなく、おもてなしの意味も込めて現場をいつも美しくしておくように心がけています。こまめに掃除をしたり、道具や資材を整理整頓したり、玄関のところにオリジナルのウェルカムボードを作っておいたりとかして、それをご覧になったお客さまが喜んでいただけると、こちらも嬉しくなりますね」と三島さんは言う。ちなみに、住宅メーカーや工務店などの会員組織である住宅産業塾が主催する『魅せる現場』コンテストで、健康住宅はその取組みの優秀さゆえに殿堂入りを果たしている。
木造建築の未来への挑戦
木造住宅の未来を語る時、ここ数年で注目されているキーワードの一つに「CLT工法」がある。CLTとはCross Laminated Timber (クロス・ラミネイティド・ティンバー) の略で、板の繊維方向が互いに直交するように積み重ねて接着した厚手 (90~210mm程度) のパネルを使った工法を指す。この厚手のパネルを住宅の構造材として活用することで、高い断熱性や耐震性と、なにより強い強度を確保できるのが特徴。これまで木造では建てることのできなかった大型の建造物や中層ビルなど、新しい木材需要につながることが期待されている。健康住宅では、2020年9月にモデルハウス「伊都住宅公園」内にCLT工法の建築技術などを発信する実験棟をオープンして、認知促進や情報発信を行っている。そして、現在、CLT工法を用いた一大プロジェクトが進行中とのことで、さっそくその現場を見せていただいた。
取材にお伺いした現場は糸島市潤地区。福岡市の人口増加を受け、そのベッドタウンとして住民が増加中で、戸建て住宅やマンションの建築が進む新興住宅地だ。その一画、雷山川の脇の広大な敷地に2棟の建物が建築中で、いずれも平家ながら内部空間の広さが外からでも想像できるほど。住宅にくわしくない人が見れば鉄筋コンクリート造に思えるだろうが、CLT工法で実現された大規模木造建築である。施主は学校法人瑠璃学園の理事長 波多江教雄さん。この地域で幼稚園を運営して50年、2017年 (平成29) には認定こども園 [註3] の認可も受けていて、この地に新しく園舎を建て、2023年9月1日に移転して開園する予定。
[註3] 教育と保育を一体的に行う施設で、幼稚園と保育所の両方の良さと機能を併せ持っている施設。認定基準を満たす施設は、都道府県等から認定を受ける。
「瑠璃学園では仏教の教えに基づいた心の教育をしています。生命に対する感謝や希望を持って、子どもたちの『生きる力』を育むような場所です。定員140名、職員が29名の中規模の認定こども園ですが、現在の園舎では0〜2歳児用の場所が手狭なこともあって移転を決意しました。ただ、移転先のこの土地は埋蔵文化財包蔵地区内 [註4] ということで、地盤面に大きな負荷を与えないように、重い鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建物ではなく、構造的により軽くなるよう木造平屋の建物を選択しました。そうは言っても、園児たちが一堂に集まれる大きな空間が必要でしたし、地震に強い建物にしたいという思いもありましたし、じゃあ木造でそのような建物が建てられるのか? といろいろ自分でも勉強しました。そんな中、最新の木造建築の方法としてCLT工法を知ることになり、どこかにCLT工法の話を聞けるところがないか? と探していると、すぐ近くにその建物があったのです。それが伊都住宅公園内にあるCLTの実験棟でした。その実験棟で実際にCLT工法に触れ、建築士の吉本さんといろいろとお話をしていると『それ、できますよ』って言っていただきました。それが健康住宅さんとの出会いでした。しかし、地球規模での温暖化は森林伐採が原因であるという話を聞いていた私は、木造で建築することで環境への負荷をかけるのではないだろうか? とも思っていました。そんな時、吉本さんは、林野庁による『CLTを活用した建築物等実証事業成果報告会』への参加を勧めてくれました。林野庁の方による説明で『森を活性化させることで、CO2の排出量が減らせる』という講演があり、興味深く聞かせていただきました。森を活性化させるために若い木が必要であり、そのためには成長した木を計画的に利用することが大切だという話は、目からうろこが落ちるようでした。地球の中に生かされている私たちだからこそ、木を大切に使わせていただき、感謝していくことを子どもたちに伝えたいとも思いました」と振り返る波多江さん。
「教雄 (のりお) 先生が吉本さんといろいろ話をしてできあがった新しい園舎の建築図面を初めて見た時『これは建てられないんじゃないか? 』というのが正直な感想でした」と振り返るのは、健康住宅 建築部 部長 藤村 興さん。「今回のような木造の大スパン建築 [註5] は、たしかに最近注目されていますが国内でも事例が少ないし、私たちにとっても初めてのチャレンジでした。ただ、私をはじめスタッフみんなが教雄先生のお人柄が大好きで、初めてお会いした時から『こんなに素晴らしい人がいるんだ。教雄先生の子どもに対する愛情やエネルギーをなんとか実現したい』と思えたんですね。私たちにとっても成長のチャンスだと考え、教雄先生と一緒だったらできるんじゃないかと思って、みんなで (建築を) 決心しました」と藤村さんは言う。
[註4] 石器・土器などの遺物が出土したり、貝塚・古墳・住居跡などの遺跡が土中に埋もれている土地。
[註5] 柱中心と柱中心の間の距離 (スパン) が大きい建物のこと。大スパン建築は数10m~100mを超えるスパンの建築物で木造の場合では難しいとされていたが、ここ数年、CLT工法など資材・工法の開発で木造の大スパン建築の事例が増えている。
新しい園舎は2棟あり、A棟は0〜2歳児を保育する部屋と本部機能が入る。B棟は3〜5歳児用の園舎で八角形の屋根が印象的だ。「八角形の屋根は私がこだわったポイントの一つです。仏教には“十方”という言葉があります。東西南北の四方に、東南、西南、西北、東北で八方、そこに上方と下方の二方を加えて十方。つまりこの世のすべてを表すもので、過去、現在、未来にわたるあらゆる時間とあらゆる空間を意味します。そんな空間で園児を育てたかったので、八角形の屋根とその中心に上方と下方を示す“真柱”を建てたかったんです」と波多江さんが言うと、「木造で八角形の屋根って、他所で見たことありますか? 私たちにとっても初めてのことで、実はベテランの大工さんからは『絶対にうまくいかない』と当初は反対されていました」と藤村さんは振り返る。「この模型を見ていただくとわかりますが、この八角形の屋根は、正三角形の集合体ではないので、その中心点 (頂点) を合わせるのがともかく難しいんです。今は材木をプレカットして現場で組み上げる建築方法が一般的ですが、この屋根はプレカットでは合わせられない。だからプレカット以前のやり方、つまり現場で材木を刻んで (カットして) 細かく合わせる技術を持ったベテラン大工さんにも入ってもらって、それこそ上棟の際はウチの新築物件を全部止めて、大工さんを瑠璃学園の現場に全員集めてなんとか組み上げました。私はこの現場に来るたびに感動するんですが、八角形の屋根だけではなくいろんな部分にたくさんの人の知恵と愛情が詰まっているんです。先程の設計士の吉本さん以外に、構造設計に強い設計士やプレカットの設計士にもチームに入ってもらったし、大型建築物に強いベテラン社員の釘本さん、今任さんを現場監督に任命しました。いろんな人の知恵を集めてこの難しい構造物を建築しています。それもこれもスタッフ全員が『教雄先生の願いをなんとか形にするんだ』っていう強い気持ちで臨んでいるから実現できたことです」と藤村さんは語る。
隅々にまで宿る子どもたちへの愛情
そんな話を聞きながら建築中の現場を一通り見せていただくと、波多江さんのこだわりが随所に見えてくる。「八角形の屋根を支える真柱は、構造上絶対に必要な柱なんですが、十方の上方と下方を象徴する柱の意味もあります。柱の下側には万華鏡を模した細工をする予定ですが、園児たちがそれを覗き込んで、地中に繋がる柱の先に何を感じてくれるのか楽しみです」と教えてくれた。またB棟には逆ロフトのような、下段を物置にした不思議な空間が建築中だ。「これはスキップフロアで、園児たちが使うおもな教室は全部この形です。私は今の幼稚園に一番足りないのが“三次元”だと思っています。職員を含めて園児たちは、ものごとを平面で見ることはあっても俯瞰で見ることがちょっと苦手だなと感じています。だから一つの空間に二層という、視点が異なる場所があったら教育の幅が広がると考えたんです。自分が描いた絵を少し上から見ると違う見え方がします。紙ヒコーキを作って下から飛ばすのと上から飛ばすのとでは飛び方が違います。この場所で過ごすときに二次元だけではなく三次元の視点があれば、園児たちの“気づき”が変わるし、それが『生きる力』につながります。一部屋に二層あるのには意味があるんです。また園児たちが使うトイレは和式が基本です。今はどこでも洋式トイレだから和式トイレの使い方がわからない。逆に言えば、和式トイレが使えればどんなトイレでも使えます。洋式トイレに長蛇の列があって、和式トイレだけが空いている場面って、結構見かけませんか? ウチの娘は和式が使えますから、長い列を横目にササーッと和式で済ませてしまいます。和式が使えれば並ぶ時間が短縮でき、その時間を別のことに使うことができるようになる。その一回は短い時間でも、積もり積もるとたくさんの時間を作り出すことができます。それだけ『生きる力』が強くなります。僕は、幼稚園は何かを学ぶ場所だけではなく、自分から何かを見つけ出す場所だと考えています。園児たちには日常の中で、いろいろな経験を通じて、いろいろな視点や発見を自分自身で見つけて欲しいと思うんです。日常の中にある場所づくり、それが僕の理想です」と波多江さんは語ってくれた。
畑中さんが、まだ住宅セールスの仕事を始めたばかりの頃、自分が営業を担当した顧客のNさんがなんとも幸せそうな笑みを浮かべながら帰り道を歩いているのを見かけたそうだ。その日は、畑中さんが引き渡した新しい自宅から、Nさんが初めて出勤し初めて帰宅する日。その時「自分の仕事は、家を建てる仕事は、こんなにも人を幸せにするものか」と気づいたと同時に、この仕事が自分にとっての天職だと確信したそうだ。まだ大工見習いの三島さんは「お客さまに喜んでいただいて、それで次のお客さまにもご紹介いただけるような、そんな家を建てるのが一番の目標です」と嬉しそうに語ってくれた。木造大スパン建築に挑んだ藤村さんは「教雄先生の子どもに対する愛情やエネルギーをなんとか実現したい」からたくさんの人の知恵と愛情が詰まった建物を作り上げた。環境負荷の低い木造住宅の価値が再認識される中、さまざまな建築技術が開発されているが、木造住宅の未来を拓くのは「誰かのために」と願う人たちなのだと思い知らされる。“社員全員で「物心両面の幸せ」を追求します”と掲げられた健康住宅の理念が、あらためて説得力を持って響いてくる。